能無しクズの苛立ち

 ———職場の唯一の楽しみの時間である昼休み。

 最寄り駅で買った210円のサンドイッチの封を開け、たまごサンドを堪能。

 ツナサンドは最後にとっておく。


「夢戸さぁん、ちょっと聞きたいんっすけどー」

「あ、里安さん……何でしょう?」


 こいつめ。ささやかな至福のひとときを邪魔しおって。

 私はパリピよりツナサンドの方が好きだ。

 ……まぁ、これはただの世間話。軽い話くらいはしてやろうじゃないか。


「なんか、業務改善しないとダメだと思うんっすよね、ここ。

 皆昼休みに寝るとかねぇっすわ」


 君に聞きたい。昼『休み』とは。

 昼休みに仕事するのは勝手だけど、人を巻き込まないでくれ。

 私は休みたいんだ。仕事の事は考えたくないんだ。

 それより、某スマホゲームのイベント走らせてくれ。

 なんか報酬ランク外に弾き飛ばされてるし。昼休みの追い上げをさせてくれ。


「俺、学生の頃は部活で部長とかやってましたから!

 リーダーシップなら実績あるっすよ。

 皆、俺の言う事なら素直に聞いてくれますし!」


 学生時代の話を『実績』に持ち上げますか。

 パリピ君の過去の状況はなんとなく察した。

 スクールカースト上位ですね、わかります。

 こいつ、私とは真逆の学生時代を送ってきてるな。


 ———『希望菌ついちゃった! きったね!! はいたっちー』

『うわぁ最悪! はいたっちー! きゃはははっ!』


 なんで今、どうでもいい過去を思い出してしまったのか。

 きっとこいつは、『あっち側』の人間だ。

 自分に自信があるって、羨ましい。

 人の痛みなんて、知らずに育ったんだろうなぁ。


「部長……ですか。

 ここでの『部長』も狙ってたりします? ……なんて」

「はい! 部長で終わるつもりはありませんよ!

 社長の座も奪うつもりでやりますから!」


 あぁ、眩しい。若い。

 こんなフレッシュさ、私はとうの昔にどっかに落としてきてしまったよ。


 金持ちになりたいとは言わない。

 たまーに贅沢出来るくらいの金稼いで、プライベートが楽しめれば、私はそれでいい。

 出世なんて、したくもない。

 プライベートが無くなるなんてごめんだ。


 ようやく手を付けられた好物のツナサンドを、口に含んだ。

 金持ちになったら、このツナサンドが残飯に見えたりするのだろうか。


「うわっ、サンドイッチとか……

 ダイエットっすか? 確かにお腹ちょっと出てますもんねー」

「あはは、痩せるつもりはないですよ」


 私は標準体重だから。ボンキュッボンの美容体重が当たり前と思うなよ。

 キュッボンボンで何が悪い。

 見た目の悪さはもう既に諦めている。


「あ、そうそう……大事な事を伝えておきますね」

「?」

「俺、クリスマスが誕生日なんで。よろしくっす!」


 うん、すごくどうでもいい。


 ———昼休み後。


 突然、割り込みの緊急作業が降ってきた。

 悪いけれど、パリピ君には私お手製の分かりづらいマニュアルとやらで作業してもらおう。


「里安さん、すみません、ちょっと急ぎの作業入っちゃったので……

 サポート出来なくて申し訳ないんですけど、マニュアル見ながらセットアップの続きお願いしてもいいですか?」

「あっ、はーい」


 あ、素直に言う事聞いてくれた。

 私も、この方がやりやすい。

 こいつ……話しているだけでイラっとくる。正直。


 私はまたマクロという神器をこっそりと取り出し、皆が手作業でやっている作業を機械作業でぱっぱと終わらせた。

 忙しいふりして、空いた時間は明日の作業こっそり前倒ししちゃおっと。


 ———数時間後。


「…………」


 私はパソコンの画面を見て硬直。

 あぁ、なんてカラフルなんだろう。


「夢戸さんのマニュアル、不備ある部分追記しときました!

 あと、レイアウトも見やすくしといたっす!」


 いやいやいや。まじでパソコンの電源押すところから書かれちゃってますよ。

 しかも、『補足:クリックとは』ってなんだよこれは。

 クリックの説明でマニュアル2ページ使うとは、ある意味才能だ。

 本題の操作説明が2ページ後にずれ込んで見づらい。非常に見づらい。


 重要な箇所を赤文字にするなら良いとして、謎の黄色文字やピンク文字まで乱立してる。

 一昔前のホームページですかね、これ。


「おぉ……お気持ちは嬉しいですが……

 補足説明は、消すか別資料に分けてもいいですかね……?」

「だぁかぁらぁ! そういうのが役立たずのマニュアルなんですって!」


 どう考えても、この目に痛い配色のマニュアルの方が役立たずですけどね!


「あ、里安君。どう? まだ緊張してるかな?」


 人事の佐藤さんがやってきた。

 あなたですか。あなたがこいつを採用したんですか。

 なんでこいつを採用してしまったんですか。


「いえっ! もう慣れました!」

「はは、そりゃすごい。夢ちゃんは優しいから、遠慮なく色々聞いてね」

「あはは……そんな」


 残念ながら腹の中はどす黒いですよ、佐藤さん。


 パリピ君は、わざとらしくゲラゲラと笑った。


「ほんと、夢戸さんって優しいし仕事早いっすよね! まじすげぇっす!

 さっきなんかマクロ使って作業してましたし!」

「……マクロ?」



 頭の中が真っ白。

 うそ……こいつ、私の作業盗み見して…………


 話を嗅ぎつけた同僚が一斉に振り返った。

 そして、1人の同僚がぽんと私の肩を叩いた。


「夢戸さん、何それ何それ!」

「ずるいですよー! 私にも教えてくださいよ!」


 パリピ君のウインクが、トドメを刺した。


 こいつーーーーーーーーーっ!!!!

 最悪だ! ほんと最悪だ!!

 お前に悪気はなくても最悪だ!!!!


 私の大事な『有能』要素が1個、消されてしまった。

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能無しクズの薄い爪 華水ながれ @hanamizu_nagare

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