能無しクズの薄い爪

華水ながれ

能無しクズの嫌悪

『こんな奴にはバチが当たるから!』

『あなたは真面目だから、絶対幸せになれるよ!』


 そんな言葉を信じた、クズの私がいました。


 ———夢戸ゆめと 希望きぼう 26歳・女。

 私は、ワンルームの狭いアパートで声になっていない叫びを漏らした。


(ざっけんじゃねえぇぇぇぇっ!!!)


 なんとなく開いてしまったSNS。

 ページを開いたって悲報しか無いのに、何故開いてしまうんだろう。


『○月×日 めでたく結婚しました♡

 お腹には愛しいベビがいます><』


 何が『ベビ』だよ。意味が分からんよ。

 あいたたたたた。


 君、昔の私にやった事、忘れてない?

 そっちはせいぜい、昔の思い出話ってくらいの認識でしょう?

 こっちは人生に大いに支障をきたしてるんですけど。


 あ、奴の旦那さん……かっこいい人だな。

 え? 旦那さんの勤務先、誰もが知るあの大企業じゃん。

 なにそれ、良いなぁ。勝ち組ルートってか。

 バチどころか、ぼた餅当たってるじゃん。


「…………」


 私は、奴とは違って負け組ルートを順調に辿っている訳で。

 通帳に刻まれた残高『3000』の文字に肩を落とす。

 給料日まであと5日。それまで耐えろ。生きろ私。

 水ともやしで生きていこうではないか。


(あ、喉乾いた)


 ちょっとアパート近くの自販機行ってこよっと。

 150円くらい、いいですよね。

 今日は上司に怒られたから、ジュース買って自分を慰めよう。

 明日から、もやし生活頑張ろ。



 ———翌日。職場にて。


「夢戸さん、相変わらず仕事早いですよねー」

「あはは……そんな事無いですよ」


 職場では有能で通っている私。

 私が有能なのにはタネも仕掛けもあるのです。

 周りの誰も私を見ていない事を確認し、自席パソコンのドキュメントフォルダにこっそり置いているファイルを開く。


(よし、マクロファイルを開いて……ボタンをぽちっとな)


 皆が手打ちで頑張っている作業を、私はパソコン君に任せちゃいます。

 仕事が早くて正確? そりゃ当たり前さ。

 だってパソコン君がやってくれるんだから。

 何故これを皆には教えないかって?

 答えは簡単。教えてしまったら、本当の私が無能だとバレてしまうから。


「はいみんな、ちょっと集まってー」


 上司が丸めた書類を手で叩き、社員全員をホワイトボードの前に集めた。

 あぁ、そういえば新人さんが来るって言ってたな。確か男だったよなぁ。

 まぁ……めんどくさい女よりはいっか。


「今日から、新しいスタッフが入るよ。さて、自己紹介よろしく」

「初めまして!里安さとやす みちるです! 22歳です!

 前職は大学生です! 趣味は合コンです!

 女性を口説き落とすのは得意なので、女性関係でお悩みの方がいたら相談乗りまっす! よろしくお願いしまーっす!」


 おぉ、うっざ。

 絵に描いたようなパリピじゃん。ウェイじゃん。

 絶対相容れないタイプだわ。

 しかも金髪と赤メッシュって……無いわ。

 ここホストクラブじゃないですから。


「里安君は……A課だね。

 夢戸、セットアップのフォロー宜しく」

「はい、承知しました」

「じゃあ、みんな解散!」


 解散の人の波に逆らって、私はパリピ君(仮称)の元へと向かう。


「初めまして、A課の夢戸と申します」

「あ、ども! 里安でっす!」


 うわぁ! こいつ香水の匂いきっつ!!

 生理的に受け付けねえ!

 プライベートだったら無視してさっさと通り過ぎたいけれど、仕事でそうする訳にはいかない。

 耐えろ私。ビジネススマイル。


「里安さん、お若いんですね!」

「そりゃそうっすよー! 夢戸さんは……10代に見えますね! 背ちっちゃいし!」


 おぉい、ふっざけんなよ。

 人が気にしている事を簡単に言いやがって。

 こいつ……デリカシー無さすぎて干されるタイプだな、うん。


「あはは! 残念ながら26ですよー」

「そうなんすか!? わー、そうは見えない!

 夢戸さんって、なんか子供が化粧してる感すげぇっすね!」


 お前……、失礼にも程があるだろ……

 この腹立たしさ、誰かに愚痴りたい……!


 ———私は、パリピ君(仮称)の席に新人さん用マニュアルを置いた。

 このマニュアル、私が作った。えっへん。


「まず、こちらの資料に沿ってパソコンのセットアップをお願いします。

 分からない事があったら気軽にお声がけくださいね」

「……うわー、これ誰が作ったんです?」


 ふふふ。私の自信作マニュアルに感動しているのですな。

 今まで入ってきた新人さんにも評判が良……


「あ、私ですよ」

「色々手順抜けすぎじゃありません?」

「おっ!? なんと!?」


 何ですって……!?

 今まで、同じ資料を他の人に見せてこんな事言われた覚えは無いぞ。

 ……いや、私の観点が抜けている事に気づいてくれたんだ。

 まず話を聞こうではないか。


「失礼しました……! 抜けているのはどういった手順でしょうか?」

「まず、パソコンの電源ボタンを押すのが先ですよね。

 いきなりログイン画面の手順が1番目は無いですよ。

 俺はパソコン操作知ってるから良いですけれども……

 なんだか役立たずの資料ですね」


 めんどくさぁぁぁっ!

 まじかよこいつ! 意識高い系君かよ!!


「あはは……電源オンくらいは流石に分かるかなーって」

「出来ない奴ってそういう言い訳するんっすよねー。俺の経験上」


 経験上って……君、前職学生でしょ……

 どういう育ちをすればこんな奴になるんだ。

 まぁいっか。こいつはすぐ干されるだろうし、気楽にやろっと。


 能無しの私、ちょっと心の中でイキってみました。

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