エピローグ
男子高ではまともな青春を送れません。
女子に消しゴムを拾ってもらったり、ノートを借りたり、一緒にお弁当を食べるなんてもっての外だ。あるのは狂気と醜悪の宴であり、甘酸っぱい思いなど不可能です。そのことを弁えれば、あなたも立派な男子高の生徒になれるでしょう。
男子校の青春とは、授業中は歌って踊り、放課後は日が暮れるまでゲームをする。友達がいれば、ホモと疑われるぐらいイチャつき、人工肛門ギリギリのカンチョ―で相手を泣かせる。先生が怒り、廊下に立たされたら、窓から変顔をしてクラスメートを笑わせてあげましょう。それが男子高での正しい生き方です。
詰まる所、身の丈を弁えなければいけません。世の中には自分にあったサイズが用意されているのだから、大人しく規則に従って生きていけば正しい生活が送れます。間違ってもありもしない幸福に手を伸ばしてはいけないのです。道を違え、踏み外したらいつかしっぺ返しをくらい痛い目を見る事でしょう。
俺は誰よりもそれを理解していた筈なのになあ……
「やーん! 深雪かわいい! なんでこんなにかわいいの?」
「ちょっと恵里! 痛いよ、抱きつかないでよ!」
「彼方クン! 深雪連れて帰っていいかな?」
「駄目だ、深雪は俺のだ」
「僕は誰モノもでもないよう!」
四宮に会えば深雪を取り合い、学校では男の娘たちに囲まれるハーレム。実に男子高校生らしからぬ行いだ。身の丈に合っていない環境だと思う。ハーレムが許される人材なんて、国王とかネオヒルズ族くらいだろう。
結局、俺たちの関係は大きな変化はなく、今まで通りの家族の関係を継続しているつもりだ。けれども、前とはほんのり違う仲でもあることは否定できない。
男の娘と結婚するにはどうすれば良いかと考えてみるものの、閃くアイデアなど出てくるわけもなく、日々の日常を怠惰に過ごしている。
負け犬の遠吠えに聞こえるかもしれないが、結婚だって表面上の言葉であり、一番大事なのは結婚することではない。ああ、完全に負け犬だね。くそう。
何にせよ、俺の乾いていた日常は潤いだしている。深雪のために努力して、良い会社に就職して立派な大人になろうと決意することが出来た。これこそが俺にとっては一番身の丈に合わないことだと思う。
それでも、少しくらいは背伸びしても良いのではないかとも思う。手が届かないものだとしても、全力で追いかけることに意味があるのだと思うし。
さて、今日は四宮に深雪の女装姿をお披露目したのだが、思っていた反応とは大きく違い、別の意味で好感触のようだ。
「じゃあ、私の家でお泊り会しよう!」
「え、まじ。俺も行っていいの?」
「いいよ、彼方クンなら何もしないだろうし」
そうだね、ゲロるからね。
「勝手に話進めないでよ!」
「深雪は嫌なの……?」
「別に嫌じゃないけど……男二人が女の子の家に泊まるなんて駄目だよ」
「男二人……? 男は俺しかいないぞ」
「深雪、熱でもあるんじゃない?」
「僕、男の子なんですけど……」
いろいろあったが、深雪と四宮の関係も元通りになり万事解決だ。
問題はまだまだ山積みだが、生きている限り悩み事から目を背けることは出来ないだろう。目を背ければ、それは死ぬのと同義だと思う。
「ほら、行こうよ! 一緒にカレー作ろうよ!」
「しょうがないなあ……彼方も早くおいでよ」
アスファルトの上に散りばめられた桜の道を二人は手を繋ぎ歩いていく。その光景があまりにも眩しいから、その中に混ざっても良い物かと悩んでしまう。そんな逡巡。
けれど、悩むなんて自分らしくないなと勝手に結論付けて、駆け足で二人を追いかけることにした。
ふと、俺の前を深雪が歩いていることに気づいた。
後ろを向けば、眼下には沢山の感情を詰め込んだ町があるだけで、深雪が離れて行ってしまうと錯覚する。そのことが寂しく、俺は歩調を速めた。
昔は俺の後ろばかりついて来ていたのに、今では前を歩いて俺を導いてくれている。
俺は二人に追いつき三人肩を並べて歩き出す。
「深雪のカレーと私のカレー、どっちがおいしいか彼方クンが審査してよ」
「え? 深雪のカレー」
「まだ作ってすらいないよ!? それ贔屓だよ! これでも結構上達してるんだよ」
噓か真か、四宮はそんなことを言う。それが事実だとしたら四宮も成長しているのだろう。でも、やっぱりカレーは美味しくなさそう。
歩いていると深雪が急に俺の腕に抱きついて来る。
「うおっ! どうしたんだ急に?」
「なんか恵里とイチャイチャしてる。不倫だ離婚の危機だ」
いまので不倫なの? もう言葉交わしただけで情交なの?
「そんなんじゃないよ」
俺が弁解していると、今度は四宮が反対側の腕に抱きついて来る。
「はい、不倫確定! このインモラル貴公子め!」
「おまえらな……」
こんな風にこれからも笑ったり、喧嘩したり、泣いたりするのだろう。そのどれもが俺たちの繋がりを強く何重にもしてくれるはずだ。
俺はいつまでも抗うつもりだ。どんなに苦しくても辛くても負ける気はない。
世界に蔓延るソイツが俺をまだ見つめているので、心の中で睨み返してやったのだけれど、なんの反応もない。相変わらず世知辛い世の中だなと思った。
丘の公園までたどり着くと、町を一望できた。
やっぱり町も変わらない彩をしていた。
「どうしたの、彼方?」
「いや、これから大変だなと思いまして」
「いろんな娘から深雪を守らなきゃだからね」
四宮の言葉を聞くと、これからは真っ直ぐ歩いて行けるだろうかと不安になる。
「なあ、俺のことも守ってくれよな」
「うん、だって二人で歩いて行くって決めたじゃない。彼方のことは僕が守るよ」
深雪は待ってましたと言わんばかりに胸を張って言う。
さっきまでの不安な感情は一瞬のうちに消えてしまった。
「ちょっと、仲間外れにしないでよ。私も彼方クンのこと守るからね」
「おう、その時は頼むわ」
ふわっと風が吹き抜けていくと、最後の桜が舞う。
固く腕を組んだ俺たちなら、あの町に向かって丘を降りていけるだろう。
三人なら真っ直ぐ歩いて行けると確信できたのだから。
いいかい? 男の娘はかわいい。いいね? 獅子岡さん @soeken
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