第9話 男の娘は眠る
「悪いな、急に呼んだりして。迷惑じゃなかったか?」
「いえいえ、全然大丈夫ですよっ! 深雪の一大事なら駆けつけない訳にはいかないよ」
しとしとと泣くような雨の中、学校の校門の前で、俺は四宮と合流した。
深雪は現在、六道の研究室で安静にしている。
四宮には一連の出来事を説明した。彼女の大雑把な性格に救われたか、特に疑問を持たれることなく事態を受け入れてくれた。それで、ちょっと怒られた。
四宮は実に男らしく、電話で呼んだ際も、
「深雪が大変なんだ!」
と言っただけですぐ駆けつけるとか特撮ヒーローかよ。少しは疑問を持って生きなきゃ将来、悪い人に騙されるんじゃないでしょうか?
俺たちは校内に入ると、吹奏楽部の拙い音色が迎えてくれる。
休日だから学校に居るのは部活動をする学生ぐらいなものだろう。俺も一時期、部活に入ろうかと思ったことがあったが、青春とか汗や涙なんて類はどうも性に合わないので断念した。人付き合いも苦手だし妥当な判断だと思う。
「深雪は大丈夫なの……?」
「体は大丈夫みたい。けど、このままじゃ駄目だと思う」
「そうだね」
四宮は心配そうに俺を見つめてくる。
この前、あれだけ大見得切っておいてこの様とは、何とも恥ずかしい。
しばらく歩くと六道の研究室に着く。
研究室に入ると、相変わらず病人を寝かせるにはどうかと思うほど不気味な部屋だ。
こちらの入室に気が付き六道が振り返る。
「む、まさか女か? 珍しいな。誰だね君は?」
「あ、はい。深雪の友達で四宮恵里です」
「深雪の助けになると思って俺が呼んだんだ」
そう付け加えると、六道も納得したようで特に反対の声はなかった。
「一応、薬で安静にはしているが、それも時間の問題だ。あとはお前たちで解決するべきことだ。わかるな?」
「やれることはやってみます」
「三角関係の縺れかなんか知らんが、とんだ問題児だよ」
六道はやれやれと肩をすくめる。
「私は仕事もあるから、何かあったら呼んでくれ。あ、盛り合うのは勝手だが私のベッドは汚すなよ」
そう言い部屋から出る。最後に言ってたことは聞き流そう。
部屋には俺達三人だけになる。こうして揃うのは公園の時以来か、なんだか色んなことがあったからか、大昔のことのように感じてしまう。
「深雪の寝顔かわいいね、頬っぺたツンツンしていいかな?」
「やめとけ……俺もツンツンしたくなるから」
この人に協力要請したのは間違いだったかな……?
「それで、私は何をすればいいのかな?」
「うん、俺、やることがあって、その間深雪の傍にいて欲しいんだ。こいつ寂しがり屋だからさ、起きたときに誰もいなかったら泣くかもだから」
「おっけー! 恵里ちゃんに任せとけ!」
嫌な顔ひとつせず、むしろ頼られたことを喜んでいるように彼女は胸を張る。
本当にすごいな、どうしてそこまで人を信じることが出来るのだろう? 俺には到底できない芸当だ。流石は深雪の親友だなと思った。
「本当にいいの? 碌な説明もしないで、急に呼び出して押し付けて、少しは反対しても良いんだよ?」
「押し付けられたなんて思ってないよ。私のこと見くびらないでほしいな。それにね、親友が苦しんでるんだもん、助けるのは当たり前だよ」
当然のように言うものだから、困惑する自分が矮小な人間だと思ってしまう。
酷く、眩しい人だ。
「すごいな、四宮は」
「別にすごくなんかないよ。未だに深雪とわだかまりが残ったままだし」
「深雪は頑固だからね、長年の付き合いの俺だって喧嘩したら一週間は口を聞いてくれないよ。そんな簡単に攻略できる相手じゃないよ」
「あはは、そうだね。本当に困ったお姫様ちゃんだね」
「そういえば気になってたんだけど、深雪と喧嘩でもしたの?」
二人の間に感じた違和感は喧嘩をした後の険悪な雰囲気とは違う気がするのだが。
「喧嘩というか、お互いに勘違いしてるだけなのかもしれない。人間関係ってむずかしいよね、少しズレただけで絡まっちゃう。深雪や彼方クンと会うまではこんな感情知らなかったのにな。揉めごとのない関係なら楽なのにね」
「俺は言い合いのできる友達のほうがいいな。お互いを尊重し合う関係なんて気持ち悪いよ。そんなのは他人同士ですればいい。友達だから揉めるんだよ。そんでもって喜びとか悲しみとかを分かち合う。そんな青臭い関係がいいな」
自分がすごく恥ずかしいことを言っていることに気が付く。顔が熱くなるような感覚がする。なんとか茶化そうと思ったが、結局、何も思いつかなかった。
「ありがとう、私もそんな関係がいい。うん、そんな関係になるよ」
笑われるかと思ったが、四宮は真摯な目で俺を称えてくれる。
「だからさ、俺の力なんて必要ないよ。いや、四宮の言葉じゃないと伝わらないと思うな。今まで溜めていた鬱憤ぶつけてやれ!」
深雪と四宮が親友ならば、喧嘩ぐらいで終わる関係ではないだろう。だから、俺は彼女に喧嘩をしろと無茶苦茶な注文をしてみた。彼女も素直になることのできた俺の大切な戦友なのだから、一緒に深雪の顔面を思いっきりぶん殴って気づかせてやろう。
「わかった。失敗したら彼方クンのこと恨むからね!」
「それは逆恨みですがな」
そうして沈黙が降り注ぐ。これは悪い沈黙じゃない、お湯につかるような温かさがある。
きっと、俺と四宮は友達なんだろう。
もう恋人じゃないことに幾ばくか寂しさを覚えたが、悪くない。
「じゃあ、俺そろそろ行くから。深雪のこと……よろしく頼む」
「うん頼まれた! ところで何しに行くの?」
俺は明朗快活に答えた。
「深雪を貰いに行く!」
四宮に宣言し、俺は学校を出て走り出した。
雨の中を走ってみると存外に楽しくなってきてしまい、思わず笑ってしまった。
これから自分が仕出かすふざけた物語は、俺の少ない人生の中でも一生の汚名になるであろう。それが汚ければ汚いほど、固く砕けることのない強固なものになる。
そんな汚泥のようなものでも、キレイに思えばこれからの血反吐を吐くような人生でも踏ん張って生きていける気がする。そう信じている。
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