第8話 クソッタレな世の中
「まったく、不器用な奴らだな、お前たちは……」
六道はそう毒づきながら運転をして俺たちを運んでくれる。
深雪の容態は次第に良くなる様子はなく、呼吸は乱れ、汗が止まらない状態だ。
「助かりました。ありがとうございます」
「気にするな。私にも幾ばくかの責任がある」
「どういうことですか……?」
六道は苦虫を噛み潰したような表情で、深雪の症状の原因を説明し始める。
「三条が倒れた原因だよ。いま三条は女装ホルモンが過剰に分泌されている状態
なんだ。女装ホルモンは女装をすることで、ホルモンのバランスを保つことが出来る。だが、三条は女装衝動を無理やり抑え込んでいた。そこにお前が追い打ちを掛けたのが今の結果だ」
「よくわからないですけど、要約すると深雪が無理しているところを俺がさらに無理強いたってことですか?」
「まあ、そんな感じだ。かなりストレスを溜めていたんだろうな」
こんなになるまで無理をしていたなんて、昔から一人で抱え込むタイプだったのは知っていたが、気付いてやれない俺も大概だな。
「ちなみに、女装キャンディーを舐めた後に体調を崩したと思うが、それも同じ原因だ」
「あれ、あんたが原因だったのかよ!」
それを学校の生徒全員にやったとか完全にテロじゃねえか。
「だが、あれは一時的なものだ。しかし、今回は違う。本人の精神的問題だからな、悩みの種を解決しなければ意味がない。解決しない限りは体調も良好にはならない。三条をよく知るお前じゃないと治せないだろうな」
それは、凄く重大な責務だなあ。
目の前が真っ暗だ、途方もなく歩かされているような気分だ。
「でも、何していいかなんてわからないですよ」
「甘えるな、自分で考えて行動しろ」
諸悪の根源のくせに酷い言い分だ。
俺の作戦は悪手に終わってしまった。結局、深雪に負担を掛けただけだった。
「俺は間違ったんですかね? 俺は、ただ、深雪の笑顔が見たかったんです。女装した時の顔が忘れられなくて、あの時感じた感情にもう一度触れたくて……。でも、深雪の気持ちを考えないで行動したらこの結果だ。馬鹿みたいですよね? でも、初めてだったんです。誰かを欲しいと思ったのは、よく、わからないな……」
「間違っている、と言ってほしいのか? そうすればお前は納得するのか?」
「……どうですかね、納得出来たら楽ですね」
車内が静かになると、クソ真面目に自分語りしたことが急に恥ずかしくなってしまったので、話を逸らすことにした。
「ところで、どこに向かっているんですか?」
「学校だ、私の研究室になら女装ホルモンを抑える特効薬があるからな」
「だ、大丈夫なんですか……?」
「信じろ」
無茶言うな、マッドサイエンティストが……!
「薬を飲んだからどうにかなるものではない。一時的なものだから安心はするな」
「わかりました」
車の窓に水滴がぽつぽつと張り付いている。どうやら雨が降り始めたらしい。
俺は何をするでもなく外の景色を眺めていると、深雪が意識を取り戻した。
「ごめん……ね、また迷惑かけちゃったね」
深雪は弱弱しく言う。
「迷惑なんかじゃないよ、もう少し俺を頼ってよ」
「うん、ごめんね……」
深雪は消え入りそうな声で呟く。
「体は大丈夫か? 吐き気とかないか?」
「体が少しだるいかな、でも大丈夫」
体は震えていて、汗はまだ止まらない。とても大丈夫には見えなかった。
「とにかく、今は眠ったほうがいいよ。無駄な体力は使うな」
「彼方とね、お話がしたい……」
俺に寄っかかるような形で甘えてくる。
「さっきはごめんね、おかしなこと言って……」
「俺のほうこそごめんな。そういえば、この前のこともまだ謝ってなかった」
「この前……?」
「ラブレター貰った時に言い争ったでしょ。あの時、深雪に酷いこと言ってごめん」
「あれは僕も悪かったから、お互い様だよ」
「そうだね」
そうして俺たちの間に沈黙が訪れる。
「彼方は……僕のことが好きなの?」
「うん、好きだよ」
「ごめんね。受け入れることは出来ない……」
「……」
「……だから諦めようよ。世の中どうにもならないことってあるんだよ」
「でも、それじゃあ深雪は……」
「女装をすれば、体調に関してはどうにかなるんですよね?」
「ああ、そうだ」
六道はきっぱりと答える。
「なら、やっぱり家にいる時だけすれば良いんだよ。そうすれば誰も馬鹿になんかしない。僕と彼方は今まで通り過ごせばいい。これが最良だよ……」
「周りにお前を馬鹿にするような奴はいないよ」
「そうだね。学校にいる間は大丈夫だろうね。でも、卒業したらそうもいかないでしょ?」
「それは……」
「だから、もういいよ。彼方も無理なんかしないでね……」
一気に喋り疲れたのか、深雪は眠ってしまった。呼吸は安定している。
俺も馬鹿らしくなってきて、なんだか眠くなってきた。
うつらうつらとしていると六道の声が間に入ってくる。
「お前たちのいけない所は、何でもかんでも一人で抱えるところだ。今はいいかもしれないが、社会に出たらそのやり方ではどうにもならない。まあ、一人で何でもできるなら話は別だがな」
六道は珍しく、まじめな事を言っている。
「頼れる人がいなかったら、どうすればいいですか?」
「その時は足掻け。ボロボロになるまで足掻け。私は親もいなければ友達もいない、だから必死に足掻いてる。ボロボロになったら休む、そしてまた足掻くんだ。それが、こんなバカみたいな世界での私なりの生き方だ」
随分と救いがない言葉だった。でも、希望を追い求める姿はとても美しいと感じた。
「お前には頼れるやつがいないのか?」
「……います。多くはないけど、でも、確かにいます」
「なら、恥ずかしがらずに相談すればいい。出来ることは出来るときにやっておけ」
世界はとんでもなくクソッタレだと思っていた。確かに酷い世の中だけど、それでも俺の周りには救いがあるのだと、少し安心することが出来た。
深雪も俺の大事な救いだ。希望だと言っていい。
これだけは絶対に手放したくないとさえ思える、かけがえのないものだ。
「ねえ、先生」
「なんだ?」
「もし、辛いことがあったら俺が相談に乗りますよ」
「おまえ……」
六道は正面を向いたまま変わらない、だけどほんの少し変な間をあける。
そして、苦笑したように言う。
「生意気だ、そういうのは大人になってから言え」
「すいません」
「……まあ、その時が来れば何か話すよ」
俺は六道の救いになれただろうか? まあ、別にどっちでもいい。
雨は次第に強くなっていき、風景を濡らしていく。
俺は携帯電話の電話帳を開き、四宮の名前を探した。
彼女もきっと、俺の救いなのだと思う。
一文だけ添えて、メールを送った。
『四宮の力を貸してほしい。』
携帯をしまおうとしたが、すぐに返事が返ってきた。
『うん、いいよ。任せて!』
こんな簡単なら、最初からやっておけば良かったな。
俺は安心すると、学校に着くまでの間、眠ることにした。
車に当たる雨音がとても心地が良かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます