第7話 告白
結局、深雪はメイド服のまま昼食を済ました。
俺は深雪が着替えている間にこっそり会計をして店を出る。
前回の買い物で深雪からセーターのプレゼントを貰ったわけだが、あのサプライズは存外に嬉しかった。
安直だが、お返しに内緒でプレゼントをしようと思う。
ついでに言えば、先ほど見つけた男の娘ものの服をプレゼントして、あわよくば女装して貰おうという小賢しい算段がある。
深雪に似合いそうなカーディガンとワンピースを購入する。どんだけワンピース好きなんだよ、俺。
メイド姿の深雪を思い出す。あの時の顔は恥ずかしそうな、嬉しそうな、素直な感情だった。あれが嫌な感情だなんて俺には思えない。
プレゼントを手に店の前に戻り、ガラスから店内の様子を伺うと深雪が店内で俺を探している様子だった。外から手を振ってみると俺の存在に気付いたようなのだが、なんだかムッとしている。
「もう! なんで先に行っちゃうかなあ!」
「悪い、ちょっと買い物してた」
「僕に内緒で何買ったの? もしかして言えないようなもの?」
ジト目で俺の罪状を問いただしてくる。
「違うよ。これ、この前のお返しだよ。日頃の感謝の意味を込めてってことで」
「わあ、ありがとう! 今日の彼方はすごい優しいなぁ。さっきはアレだったけど」
俺はいつも優しいと思うのですが?
「中見てもいい?」
「あ、いや、まだ駄目」
「えー、なんで?」
「ちょっと移動しないか? こんな場所で開けるのもどうよ?」
「それもそうだね」
俺の提案に納得してくれるが、これも作戦のひとつである。
このショッピングモールには誓いの泉という噴水というものがある。
曰く、そこで告白した男女は結ばれる。
曰く、そこで写真を撮ると幽霊が映る。
曰く、噴水にお金を入れるとお金持ちになる。
と様々な逸話があり、カップルのデートスポットにはうってつけであり、何より告白するには定番のスポットとなのだ。
そうして俺たちは誓いの泉にやってくる。
「すごい! 大きな噴水だね、彼方!」
「うん、深雪にこれを見せたかったんだ。」
それとなくロマンチックな事を言ってみる。
「……だけど、ここカップルが多いね……なんだか場違いじゃないかな?」
「そんなことないよ」
噴水の周りにはカップルがひしめき合っている。噴水を見て楽しむもの、肩を抱き合い幸せにしているもの、キスなんかしてるやつもいる。
そんな空気に気圧されてしまったのか、深雪は居心地が悪そうにしている、ここは俺が先導して導いてあげる必要があるだろう。
「深雪、これ」
「あ、さっきのプレゼント?」
「うん、開けてみて」
深雪は空いた両手で袋を受け取ると、ワクワクした表情で袋を開ける。なんだか騙しているようで心苦しい。いや、実際騙してるんだ。
「……えーと、これは女性ものの服だよね?」
「違うぞ、男の娘ものの服だ」
「もう、女装はしないって言ったよね?」
深雪はキッと俺を睨む形になる。
「女装してた時の深雪、心から楽しそうだったじゃん、あんな笑顔見たら、俺はお前が女装したくないだなんて嘘としか思えない」
「それは彼方の思い込みだよ、嬉しいからとか楽しいから、そんな一時的な感情だけが人間の行動する理由のすべてじゃないよ」
「でもね、俺は女装をした深雪が好きなんだ」
「何を……言ってるの……?」
「聞いてほしいんだ、俺は深雪のことが……」
「駄目、それ以上は言わないで」
俺の言葉は遮られる。深雪は震えて、何かに怯えていて拒絶に似た表情で言う。
「駄目、それは駄目だよ。それを言ったら何もかもおかしくなっちゃうよ?」
「なら、どうしたらいいんだ。今まで通りに過ごすなんて俺にはできない。忘れる事なんてできっこない。」
「じゃあさ、彼方の前だけなら、二人の時だけなら女装してあげる。彼方のためなら女装できるよ。それじゃ駄目かな? きっと楽しいよ」
なにそれ楽しそう、退廃的で魅惑的……いかんいかん! 誘惑に負けるな、俺!
そんな偽りの生活じゃ、四宮との約束は果たせない。
「それは駄目だよ。それじゃ意味がない、少なくとも俺だけじゃ駄目だ」
「どうして? 彼方は僕に女装してほしいんだよね? 二人で殻の中に籠るんだ、すっごい素敵だと思わない? 幸せならそれでいいんじゃないかな?」
深雪は偽りの幸せに思いを馳せている。
「俺の知っている深雪は、自分に正直で、周りの目なんて気にしないやつだ。今までだってそうやって生きてきたじゃないか」
「生きていくには周りに合わせなきゃ、彼方が言ったことだよ? 僕もいい加減気づいたんだよ、いや最初から知ってたんだ。そうしないとまた虐められる。僕はね、大人になったんだよ、もう子供じゃない!」
まだ、あの時のことを気にしていたのか。
俺の目を見ないで、下を見て何かを我慢するように激情している。
俺が守ってやる――――。
頭の中でよぎる感情を口にすることが出来なかった。なんの根拠もない無責任な考えだと、思考を停止させていく。
周りにいた人たちは何事かと、こちらに視線を向けている。
だけど、深雪の癇癪は止まらなかった。
「何でこんなことするの? ひどいよ、僕はずっと我慢してたのに……、彼方は何もわかってない! 僕は彼方と家族でいたいんだ! 彼方の気持ちには応えられないよ!」
じゃあ、なんで苦しい顔をしてるんだよ?
深雪は俺に背を向けて走り去ってしまった。
俺は、失敗したのか。深雪を素直にさせるどころか、余計に拗らせてしまった。
「何をやっているんだ、お前は」
「六道……なんで?」
「騒がしいカップルがいたのでな……それよりも追いかけなくていいのか?」
「無理ですよ。俺の告白は終わりだ。これ以上はみっともないだけでしょう?」
「このヘタレ主人公が! 後悔してからじゃ遅いんだよ! いいから追いかけろ、お前の想いが足りないだけだ! もっとイカれろ! 常識で男の娘を落とせると思うな!」
六道は俺の胸倉を掴み声を荒げる。
その目は真剣で、俺の枯れた魂に活を入れてくれる。
「ああ、くそっ!」
「私も手伝う、だから絶対にあきらめるな、いいな?」
「はい……すみません」
もう何も考えるな! とにかくがむしゃらに深雪の後を追うんだ!
☆
ショッピングモールの中を当てもなく探す。
帰りはバスのため、多くの人が並んでいるがその中に深雪の姿はなかった。
つまり、まだこのショッピングモールの中にいるということだ。
どこを探したらいい? どこに行けば深雪はいるんだ? こういった場合、ドラマだと思い出の場所とか約束の場所とかが王道な訳だが、俺たちは休日に来る程度で、そんな場所などない。見当もつかない。
深雪の顔は今にも泣きだしそうだった、何かに耐えるように苦しんでいた。
ふと、昔に深雪がいじめられていたことを思い出す。
いじめに理由なんてない。あるとすれば深雪が女の子のようだったから、男子にとって深雪は異物だった。だから、異物は排除しなければいけない。一人が声を上げれば周りも同調し伝播する集団の心理。社会の公正な仕組みで、大人も子供も集団においては一人の人間にすぎない。
みゆきは、それに恐れている。もちろん俺だって怖い。
もし、俺と深雪が恋人のような関係になったとして、どれほどの人が受け入れてくれるだろう? どれだけの人が石を投げてくるだろう? わかることは、人間は平等に理解できないものを憎悪することだ。
そして、深雪は家族の関係を壊したくないとも言っていた。
たぶん、これが俺たちにとって一番の問題だろう。恋人になってしまったら、もう家族じゃいられなくなる。今までの関係が壊れてしまう。
「くそっ、どこにいるんだ!」
このショッピングモールは一日では回りきれないほど広い。虱潰しに探していては、日が暮れてしまうだろう。そんな悠長なことはしていられない。
考えろ、深雪な行きそうな場所を、今日回ったショップを思い出すんだ。
洋服屋。キャラグッズ店。メイド喫茶。
すると、頭の片隅に違和感を覚えた。
告白した時だ、俺はプレゼントを渡したとき、深雪は何も持っていなかった。それはおかしい。なぜなら、俺は深雪にピーさんのぬいぐるみをプレゼントしているからだ。
つまり、深雪はピーさんをどこかに置き忘れてしまっている。
記憶をほじくり返すと該当するのはメイド喫茶だ。あそこから出たとき深雪は手ぶらで出てきたんだ。恐らく更衣室にでも忘れたのだろう。
とにかく、他に当てがない。僅かな可能性に縋って行くしかない。
俺は急いでメイド喫茶に駆け戻ることにした。
そうしてたどり着いた目的地の近くのベンチに深雪はいた。
「深雪……?」
「……彼……方……」
「どうした……!? 汗が酷いぞ!」
「ごめん……ね…………」
抱きかかえると、体は異常な体温で汗も止まらない状態だった。
揺すっても反応はない、意識を失ってしまったようだ。
頭がくらつく、目の前が真っ白になって冷静な判断が出来ない。不安な感情が俺を襲う。
混乱している俺のもとに誰かが近づいて来る。
「やはり……か」
声のほうに顔を上げると、六道が目の前まで来ていた。
「六道! 深雪が……深雪が大変なんだ!」
「落ち着け、車を出してやる。運べるか?」
六道の冷静さに俺も正気を取り戻す。ここで俺が慌ててどうする。
「悪い、取り乱してた……。もう、大丈夫だ」
「なら、さっさと行くぞ」
六道はそう言うと踵を返す。
俺は深雪を抱え六道の後を追った。
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