第6話 男の娘メイド爆誕
深雪は着替えるために再び試着室に戻る。
どうすれば女装してくれるだろうか、なんだか目的からどんどん遠ざかってしまっている気がする。
「お困りのようだな、鹿河少年よ」
「なっ……! 六道!? なぜここに?」
目の前にいたのはわれ等がクラスの担任、六道詩亜だ。
いつもは白衣姿の理知的な印象も相まって、大人らしく白を基調にしたブラウス姿は上品さがあり好印象だ。
「見るところによると三条とデートか、男同士で実に背徳的だな」
「変な言い方するな! つうかなんでお前がここにいるんだよ?」
「実はここの責任者と昔からの知り合いでな、脅は……お願いして新しい区画を作って貰ったのだ」
いま脅迫って言いかけなかったか?
「新しい区画? なんだそれ?」
「ふふふ……、私の念願の夢である男の娘向け区画だよ」
「お、男の娘向け区画だと!?」
なんだ、そのけしからん区画は! いったいどんな秘宝が眠っているというのだ……
「気になって仕方がない顔をしているな、鹿河。顔を見ればわかるぞ、お前は男の娘の良さに目覚めた。そして、三条に女装が忘れられないのだろう?」
「そうだよ、俺は変態だ。もう我慢できなくなってる」
「それは吉報だな。ならばぜひ来ると良い、三条にも良い刺激になるかもしれんぞ」
「でも、あいつ女装をしたくないみたいでさ、それが普通だし、できれば無理強いはさせたくない」
「常識人ぶるのはやめろ。お前は異常なんだから異常者らしく振る舞え。それが鹿河彼方という男の唯一の生き方だ」
「人の生き方を勝手に決めないでくださいよ」
「なら、お前は今までのように接することが出来るのか?」
「それは……」
今までだって楽しかった。でも、女装してからの深雪との生活はそれにときめきを加えてくれた。俺にとっては極上のスパイスで劇薬だった。あの感覚を忘れられない、もう一度あの境地に触れてみたいとさえ思える。
なにより深雪が心から楽しそうだったから、俺はいま行動をしているんだ。
「やはり、お互い正直になることが一番だろうな、まあ困ったことがあったら私に連絡しろ。相談ぐらいなら乗ってやる。ものによるがな」
そう言って携帯の連絡先を教えてもらうと、六道は踵を返しどこかへ行ってしまった。
「彼方、おまたせ」
元通りに着替え終えた深雪がやってきた。
「なんか新しい区画が出来たんだって、行ってみないか?」
俺の提案に深雪は二つ返事で了承してくれた。
もちろん男の娘向け区画とは説明していない。
新しい区画だからか、こじんまりした小スペースだった。やはり男の娘というジャンルが世の中に流通していない証拠だろう。
男の娘向けの服なんか女性の服と何がちがうのだろう? 服のサイズとかかな?
しかし一番の違いが明確にわかるのは下着のコーナーだ。女性ものの下着に比べ、男の娘ものの下着の形状はショーツのままなのだが、その、アレの膨らみを収める小袋のようなものがあるのが大きな違いだろうか。なんというかすごくいやらしい。
「……ここが新しい区画なの?」
「まあ、そのようです」
恨みがましい目で見られていて非常に心地が悪い。
「あー、いや、そろそろお腹すいたしそこの喫茶店で一息入れないか?」
「そうだねー、おなかすいたねー」
棒読み気味で俺を睨んでくる深雪、少し手段が強引だっただろうか。
誤魔化しついでに近くにあったき喫茶店に入ることにした。
「おかえりなさいませ、ご主人様!」
「はい……?」
ドアを開ければフリフリした生き物が出迎えてくれた。
所謂メイド喫茶に入ってしまったようだ。
「奥の席にどうぞ、ご主人様~」
猫なで声で招き入れてくれるメイドさん。しかし、可愛い表情の裏には獲物を逃がさないパンサーのような獣の魂をほのかに感じる。これは逃げられない……
仕方がないので俺と深雪は店内の席に座る。
「僕、こういう店初めてだよ」
「俺もだよ……」
しかしメイド喫茶ってのはもっとピンクでほわほわしたアホっぽい感じかと思ったが、この店はアンティークを基調としているためか、高貴な印象がある。小物なんかも拘っているようで、カップを割ってしまったらどうしようとか不安になってしまう。
「あれれ~? そちらのご主人様、もしかして男の娘ですか~?」
後頭部を強打されたような喋り方のメイドさんがそんなことを言う。
「え、もしかして僕?」
「実は当店、男の娘メイド喫茶なんですよ~。男の娘のご主人様にはメイドさんを体験できるサービスをやってるんです~」
ご主人様がメイドになるのかよ、なにその本末転倒なサービス。
つまり、深雪のメイド姿が拝めるのか、なるほど答えは決まってる。
「はい、こいつ男の娘です」
「え!? ちょっと彼方!」
「は~い、一名様メイドサービスにご案内です~」
店内に声が響き渡ると複数のメイドが深雪を取り囲み、連れて行ってしまう。
「ちょっと! 彼方、あとで覚えてなよ!」
怨嗟の声など耳に入りません。ああ、楽しみだなあ。
さて、俺は優雅にコーヒーを飲みながら待っていた。つうかコーヒー八百円もしたんだけど、なんなのこの価格設定、バリスタのオリジナルブレンドなの?
インスタントまじりの美味しくないコーヒーを啜りながら待っていると、
「ご注文はいかがなさいましょう、ご、ご主人様」
そこには天使がいた。これが男の娘メイド天使というやつか、素晴らしい。
深雪は慣れないメイド服を窮屈そうにしながら、スカートの裾を掴みもじもじとしている。顔は赤く蒸気し、目線は常に下を向いたままで合わせてくれない。
俺は見惚れたまま声を出せずに硬直してしまった。
「うう……、かなたぁ、何か反応してよぉ」
してるしてる、股間のあたりとかめっちゃ反応してる。
「ああ、いや……悪い。えっとこの男の娘メイドのオムライスを」
「う、うん。わかった」
なんだろう、弱っている深雪を見ていたら嗜虐心が刺激されてしまう。
「畏まりました、ご主人様。だろ?」
「うぐ……っ! か、畏まりましたご主人様ぁ……」
ちょっと意地悪しすぎたかな、これは後が怖いね。
しばらく待っていると、男の娘メイドのオムライスを深雪が持ってきた。
ドンっと目の前に置かれる。これはお怒りだ。
「お待たせしました! ご主人様!」
「あー、サービスのケチャップで愛を描いていただきたい」
「……かしこまりました」
目の涙を堪えながら奉仕に勤しむ姿が非常にいいね。罪悪感は多少あるけど。
「できました、ご主人様」
(責任とってよね)
愛が重い……
「それじゃ、僕はこれで……」
「あ、この食べさせてくれるサービスもお願い」
「なっ! 調子に乗るな、馬鹿彼方!」
ぷんすかぷんすかと怒るエンジェル。
「深雪がこの前体調崩したとき食べさせてあげたよね?」
「うう……、卑怯だよぅ。畏まりました……」
無駄に義理堅いのか、従順にお願いに応じてくれた。
少し意地悪しすぎたかもしれんが、これぐらいの役得があってもいいよね。
深雪がスプーンでふんわりとしたオムライスを掬うと、俺に差し出してきた。
「あーん、して……?」
俺は大きく口を開けそれを受け入れる。あんまり美味しくない、流石に深雪が作ったわけじゃないらしい。
「あとで覚えてなよ……」
「うん、ちょっと意地悪がすぎた。ごめん」
「知らない……」
ぷいっと拒否されてしまったが、もう何をされてもときめきしか感じない。
だから、もっと、ときめきたくなる。
「もう一口……」
「馬鹿なの?」
「馬鹿だよ、馬鹿だからもう一口お願いしたい」
「…………ばーか」
強引に口にねじ込んできた。
ふわふわでぽわぽわであまあまだった。
そうやって馬鹿を繰り返す。
「深雪」
「なに?」
「その、メイド服似合ってる」
「嬉しくない、女装だってしたくない」
「嘘だよ、また癖が出てるもん」
「……嘘じゃないもん」
何だかんだ言いながら、深雪は最後までサービスを続けてくれたのであった。
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