第3話 男の娘のラブレター
桜が散り始め、朝にほんのりとした寂しさを忍ばせる。
いつものように憧れの男子生徒としてキャーキャー言われながら登校しています。いい加減この状況にも慣れたというか、飽きたというか、とにかく日常の一部になりつつあるのだが、今日は恐ろしいことにいつもと違うことが起きた。
下駄箱を開けると一通の手紙が添えられていた。それはもう綺麗な花柄の便箋にしたためられているのです。春らしくて実に良い、ってそれどころではない。
これは都市伝説とされている、所謂ラブレターというやつなのではないだろうか。もしそうだとしたら複雑な心境になる。だってこの学校男の娘しかいないのだよね。だとしたら送り主は男の娘で決定だ。果たし状だとしても相手は男の娘だ。
このような経験は初めてであり、どのように対応すればいいのかわからない。誰かに相談するべきかな、それとも一人で抱えて一日悶々としていればいいのかな?
「彼方? なにやってるの?」
「あー、いやこんなの入ってた」
隠すタイミングもなく正直に白状する。なんだか浮気がばれた気分。
「不幸の手紙?」
「煌びやかな不幸ですね」
「中身は読んだ?」
「いや……まだ」
「読もう、すぐ読もう、今読もう」
俺より興味があるように答えを急かしてくる深雪。うーむ、やっぱり言わないほうがよかったかもしれない。
「いいよ、どうせおふざけに決まってる。無視だ無視」
「駄目だよ!」
急な深雪の大声にあたりは騒然とする。
深雪はハッとするように急にしおらしくなる。
「駄目だよ、ちゃんと答えてあげなきゃ……もしかしたら本気かもしれないんだよ? 一生懸命考えて、悩んだ。そうした思いがその手紙に詰まっているかもしれないんだよ。答えてあげなきゃかわいそうだよ」
深雪の一言一言が重くのしかかる。
自分の軽率な発言に少し後悔する。まずは確かめてから判断だよな普通。
「ああ、わかった。ちゃんと読むしちゃんと答えるよ。ありがとう深雪」
「うん……じゃあ読もうか」
どんだけ興味深々なんだよ……
鹿河くんへ
突然のことに驚かせてしまい申し訳ございません。
ですが、どうしてもこの思いを伝えたくて、勝手ながら綴らせて頂きました。
春から女装をしてからでしょうか、鹿河君が目に映るたびに胸の奥が高鳴るのを感じます。男の頃には無かった感情に正直戸惑っていて、何度も否定しながらこれまで過ごしてきました。しかしながら、来る日も来る日も感情が募るばかりなのです。
朝は鹿河くんに会える喜びを感じ、昼は鹿河くんと一緒にいる嬉しさを感じ、夜は鹿河くんに会えないもどかしさを感じるのです。
きっと、この感情は恋だと思います。何度も否定をしてきましたが、思いを肯定することに私は幸福を感じ満ち足りた気分になるのです。
こんな私の勝手な思いをどうか聞いては頂けないでしょうか?
放課後、屋上で待っています。
来てくれなくても構いません、この思いが伝われば私は十分です。
「……」
本当にラブレターというやつだった。
俺が想像していたものとは反して、そこには真摯な想いが綴られていた。
「誰からだろうね」
「宛名とかはどこにも見当たらないな」
会ってからのお楽しみというわけか、恥ずかしくて名乗れなかったのか……まあ、会えばわかる話だろう。
「どうするの……?」
「行くよ、屋上に」
「そうじゃなくて、答え……彼方は受けるの?」
「断るよ。当然じゃないか」
俺は当然のように答える。
「……どうして断るの? 何が当然なの? 相手が男の娘だから断るの?」
そんな質問攻めだった。鬼気迫る表情に俺は一歩たじろいでしまう。
「男なんだぞ、俺にそんな趣味はない。断るのが普通だろ……」
「僕は、好きって感情に性別なんて関係ないと思うな。そんなものに縛られるなんて滑稽だよ、世の中の作った決まりごとに従うなんて馬鹿げてる。そんなの生きてる気がしないよ。僕の言ってる意味わかるかな?」
「でも、周りは認めてくれないだろ。独りよがりの想いなんて世間は認めてくれない、生きていくためには周りに合わせなきゃ、駄目だろ」
「そんなものが彼方の幸せなの? だから彼方は名前も知らないこの子を断るの?」
何だよ、どうしてそんなに怒るんだよ、何が気にくわないんだ。
「俺の勝手だろ……」
「そうだね……それが普通だよね、僕は女装する意味なんてなかったんだ」
深雪はそう言うと俺を置いて教室に向かう。
ひとり残され静まり返った廊下にキーンコーンカーンコーンと間抜けた音が鳴り響く。
俺も行かなきゃ遅刻してしまう。重い足を無理やり急かして教室に向かうことにする。深雪との距離の間隔を保って歩いたものだから結局遅刻してしまった。
☆
もう昼休みだというのに、あれから深雪とは一言も喋っていない。
告白の時間を待つ悶々とした空気と深雪との間にできた変な空気に挟まれ、俺は圧迫され今にも潰れてしまいそうだ。
周りの音なんか何一つ入って来やしない。頭の中がグルグルとかき乱されている。まるで魔女がツボの中のドロドロした物体をかき混ぜるように混沌としている。
「どしたどしたカナタ! 暗いよ、ボクとエッチする?」
声をかけるなオーラを出しているにも関わらず、そんなもの関係なしにリージアが後ろから抱きついてくる。
「リージアは俺のこと好きか?」
何を言いっているのだろう。唐突にそんなことを聞いてしまう。
「うん、好きだよ。心の底から愛してるヨ」
「なっ……」
正面から堂々と言われ戸惑う。というか恥ずかしい。
「カナタの顔も声も匂いも全部好き。どうしてそんなこと聞くの?」
「いや、俺にラブレター書いたのお前なの?」
「……? よくわかんないけど、ボクはそんな遠回しな方法使わないよ。男の娘ならドーンと真正面からあたって砕けろだよ」
「男らしいな。なら砕けてくれ、俺はお前の想いには応えられない」
「なら応えてくれるまで付きまとってやる! チュッチュしヨー!」
とんでもないメンタルだ、どうしてそんなに自分の意思が貫けるんだ。
「馬鹿だな、お前」
「ひどいなー、いいじゃん馬鹿で! 馬鹿にならなきゃやってらんないヨ! 馬鹿じゃなきゃカナタのこと好きになってないもん」
酷い、まるで俺が馬鹿みたいじゃないか。
「そういえば、みゆきっちと険悪な雰囲気だったけど、どったの?」
「俺たちは馬鹿じゃないからな、いろいろ考えてこんがらがっちゃうんだよ」
「あはは! 馬鹿が変に考えるからこんがらがるんだヨ」
む……なんか一理あるかも。そんなに馬鹿なのだろうか。馬鹿馬鹿言い過ぎて頭が馬鹿になってきた、まったく馬鹿馬鹿しい。
「なんか、お前見てたらどうでもよくなってきたわ」
「うんうん、それでこそカナタだ。これからボクとゲームしないかい?」
「いや、今日はそんな気分じゃない。悪いな」
「ぶー、じゃあお昼はー?」
「それなら構わないけど……」
深雪がお弁当作ってくれた筈だけど今は貰いにくい。そもそもお昼休みになった瞬間にお弁当を持ってそそくさ姿を消してしまった。
そんなもんで俺のお昼はお預け状態な訳で食べるものがないのです。
その旨をリージアに伝えると、
「じゃあ、ボクのお弁当分けてあげるよ。男の子には物足りないかもしれないけど」
「いいのか? そりゃ有難い!」
「あはは、感謝したまえー」
「……って待て。もしかしてお前の言うお弁当とは蛙の解剖のような汚物の残骸、所謂汚弁当じゃあるまいな? もうあんな思いはごめんだぞ」
まえに一度、男の娘の群れに暗黒物質の試食会を催されたことがあった身としては警戒せずにはいられないわけで……
「失礼だなー、ボクも食べるんだから大丈夫だよ。それにボクはそこら辺の女の子よりもおいしいんだからね? ほら、いつでも食べていいんだヨ」
そう言ってスカートをギリギリまでたくし上げる。お稲荷さんでも食べさせてもらえるのでしょうか?
「かえでっちも呼んで三人で食べヨ!」
「うん、いいね。俺の食料が増える」
ということで俺、リージア、小野寺キュンの三人は折角だからと屋上でお昼を食べることにした。
春の陽気に包まれた屋上というのはなかなか風情があっていいものだ。
俺は二人に挟まれる形でひんやりとした地べたに座る。
「いやー、本当に助かったよ。あのままでは餓死するところだった」
「それは流石に大袈裟じゃないかな」
「カナタは単純だなー。そんなところも大好きだヨ」
「へいへい、そんなことよりもお弁当だ。早く食べたいぞ」
俺の意思に答え二人はお弁当を広げる。二人とも彩豊かなもので、主菜と副菜がバランスよく互いを邪魔せず存在している。リージアの卵焼きはふっくらと包み込んであり食欲がそそられる。腕は確かなようで安心する。
「カナタの目、猛獣みたいだヨ? そんなにボクのを食べたいんだ?」
「お前のお弁当な! 紛らわしい言い方はやめましょうね!」
「……私のも良かったら食べる?」
小野寺キュンも俺にお弁当を差し出してくれる。
「いいのか?」
「うん、食べてほしいな……」
有難く唐揚げをひとつ頂戴する。噛めば口の中に肉汁が広がる。あ、これは冷凍食品の味だ。庶民らしいお弁当でいいね。
「違うよ、かえでっち。お弁当を分けてあげる時はこうやるんだヨ。はい、カナタあーんして、ボクが食べさせてあげる」
「お、お前な……」
「んー? 不満かな、せっかく男の娘が食べさせようとしてるのになー。嫌なら食べなくてもいいんだヨ?」
目の前に差し出される卵焼きは黄金のように輝いていて、俺の空腹になった胃袋が活動を再開し今か今かと待ち構えてくれる。
「あ、あーん」
「正直なカナタも大好きー。はいどうぞー」
パクリと頂く。
「うまい……」
「ちゅっ、んっ……あはっ、僕のお箸にカナタの唾液がついちゃった……」
箸を舐りながら何を言っているのだろうこいつは。
「わ、私も……あーんして鹿河君……」
「お、おう。あーん」
小野寺キュンのソーセージ太くて大きくておいしいです。あはは。
「こういう食べさせ方もあるヨ」
そう言うと、リージアは自分のソーセージをポッキーの要領で口に咥え、俺のほうに顔を向けてくる。髪をかき上げる仕草がほどよくエロい。
「口移しで食べろと?」
こくこくと頷く。様子を見るに俺をおちょくっているようだ。この際だからあえてリージアの意図に乗ってやろうかしら。
俺はリージアの頭を掴みソーセージの反対側を咥えた。
リージアは俺の予想外の行動に目を見開き慌て始めるが、俺は彼の頭をしっかりと掴んでいるので、どうもがいても離れることは出来ない。
「んん――――!」
慌てふためくリージアを無視して俺は食べ始める。顔が近づくほどリージアの顔はみるみるうちに赤く染まっていくのが何だか面白かった。
唇と唇が触れそうな僅かな隙間で俺はソーセージを噛み切るのだが、リージアは未だに赤い顔で目をギュッと瞑り、未だに咥えたまま待機している。
「おーい、もう大丈夫だぞ」
「ふえっ、あああ、う、うん……」
いつもは積極的に絡んでくるくせに、今はしおらしくなっている。意外と初心な所があるんだな。ちょっとかわいいと思ってしまった。
一通り唾液の交換、ではなく食事を終えるとイイ感じに眠気を誘う。
ボーっとしているとリージアがにやけた顔で俺に疑問を投げかけてきた。
「それで、みゆきっちと何で喧嘩なんかしてるの?」
「喧嘩? 喧嘩しているように見えるのか?」
「はたから見て喧嘩をしているようにしか見えないよね」
「というより倦怠期の夫婦だよん」
そんなにひどい空気を振りまいていたのか。もしかしてお昼に誘ってくれたのは励ましの一環だったのかな。だとしたら恥ずかしいことこの上ない。そこまでに脆くなっていたとは思わなかった。
ここまで露呈しているのだ、ならば白状しよう。
俺は気恥ずかしくも二人に朝の出来事を伝えてみることにした。
「あー、カナタが悪いね。最低だよ。鈍感クソッタレ馬鹿野郎だヨ」
「……そうなんだ。そんなことになってたんだ……」
え、なんで俺罵倒されてるの? ここは俺を励まして手を取り合い楽園が築かれ世界に平和が訪れる場面じゃないでしょうか?
「えっと……俺の何が悪いのか教えてくれませんか?」
俺がそう言うと、二人はわざとらしくため息を吐く。
なにこの絶望的な空気。君たちジト目で見るのやめなさい。
「とにかく機嫌取らなきゃね」
「任せろ、深雪のご機嫌取りなら俺はスペシャリストだぞ」
「スペシャリストさんは今の今まで一言も喋れてないヨ」
「ばーか、作戦だ作戦。まだ時期じゃないんだ、いま突っついたら破裂しかねない」
「作戦……?」
「いま話をしないのは布石、話をするのは二人きりの空間でだ。つまり寮に帰ってからが本番なり……肝心なのは焦らない事で、まずは残ってしまったお弁当を食べてあげるのさ。『やっぱりお前の弁当が一番だ』なんて言うのです。そうすれば心の鍵は開かれ後はお互いの過ちを懺悔し合うことでハッピーエンドというわけだ」
「なんかやり方が陰湿だー」
「本当に熟年夫婦みたいだね……」
なんで今度は引かれてるんだよ。それに深雪のお弁当が一番なのは本当の気持ちだからね。今さっき確認できた、確信しました。
「とにかく心配することはないってことだ。悪かったな、変な心配かけて」
「いつもイチャついてるからね、悔しいぐらいに」
「そうだね……」
今度は落ち込まれたのですが、情緒が豊かですね。
時計を見るとそろそろお昼休みも終わりが近づいている。
「じゃあ、そろそろ戻ろうかー」
「ああ、俺サボってここで寝るわ」
「授業サボっちゃうの……?」
今日は授業に集中できる気分じゃない。現に朝から何もできなかったのだから、いい加減諦めて寝てしまうのが最良。それに春に屋上で寝るとか青春っぽくて憧れる。
「俺は馬鹿だし眠いし問題児だし問題なし」
「はいはい、あんまり無茶しないようにねー」
「風邪ひかないようにね」
キラキラと手を振り教室に戻って行く二人。励ましてくれたおかげで心がスッとしている。お弁当も美味しかったし至れり尽くせりなお昼でした。
ああ、そういえば次は六道の授業だった。また男の娘のお話を聞かせてくれるのだろうが授業なんか知ったことか、しゃらくせえ。
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