第2話 男の娘とのデート

 電車に揺られて一時間ほど、やってきたのは都内でも最大級のアウトレットモールであり、様々なショップや食事処、映画館なんかもあると至れり尽くせり。

 流石は休日の娯楽施設、隅から隅まで人でごった返していて、若いカップルから家族と様々な種類の人々が休日を満喫している。


 他人の休日の風景を眺めていると不思議と心が踊る。苦しい平日から解放された人々が思い思いの一日を過ごし鼻を伸ばしているのだ。こちらまで幸せになってしまう。

 結局のところ今日は深雪の買い物の付き合い。つまり荷物持ちである。休日はすることもないので、荷物持ちぐらいで忌まわしい出来事を忘れてもらえるのならお釣りが帰ってくるものだ。


 「いっぱいお店あるね。どこから行こうか?」


 「疲れたからそこら辺の喫茶店で一休み……」


 「まだ来たばかりなんですけど」


 「冗談だよ、今日の俺は荷物持ちなんだから好きなところに行ってくれ」


 「一緒に考えるのが楽しいのになあ……普通にデートがしたいだけなのになあ」


 何やらぶつぶつと言っている。かと思えばすぐに切り替わる。


 「なら、覚悟してもらうからね。後悔しても知らないから!」


 「おう、ドンと来い!」


 というわけで深雪の提案どおり服を買いに店の前までやってきたわけだが。


 「深雪さんや」


 「なんだい彼方さん」


 「ここは女性もののお店ではないかね?」


 「ほら、僕さ男の娘になったけど、こういう女性ものの服持ってないじゃない? だからかわいい服があれば着たいなって思いまして……」


 どうやら心も体も男の娘に染まってきてしまっているようだ。それが良いか悪いかなんて俺にはわからないが、恥ずかしそうに本音を漏らす深雪の顔を見ていると、そんなことは些細な事なんだと思う。


 「ちゃんと付き合ってよ」


 「わかったよ」


 そうして始まりました深雪さんファッションショーです。

次から次へと気に入った服を試着していく深雪。選んでいる時の楽しそうな顔も、試着した時の恥ずかしそうな顔も全部が初々しい顔だった。いつもの感情とはほんの少し違う、俺の知らないもう一人の深雪は心からの表情を見せてくれる。

 本当のデートをしているみたいで、俺には面映ゆかった。


 「それで、どれが一番可愛かったかな?」


 「んー、どれもよかったと思うぞ」


 「もう、ちゃんと選んでよう! 買うのひとつだけって決めてるんだから」


 「俺が選ぶのかよ!? それこそ自分で選んだほうがいいだろ。俺の趣味になっちゃうぞ」


 「彼方の趣味でいいの、彼方の趣味がいいの……」


 そんなおねだり。俺の手の届く範囲の簡単な願いを深雪は大事そうに言う。


 「じゃあ、ワンピースのやつで……」


 「ふーん、彼方はワンピースが好きなんだ」


 「うっさい……」


 なんだよ今日の深雪は……


 俺が選んだワンピースを手に取り会計に行ってしまう。まるで迷いがないな。

 こういうときって男がお金出すものだよね。って深雪も男だよね、心の中でノリツッコミ楽しいよね。あはは。


 会計から帰ってきた深雪は踊るかのように上機嫌だ。最近の深雪は感情豊かだなあ。これも女装教育の成果だったりして……まさかね。


 「選んでくれてありがと。これ、ここで着ちゃうね」


 「ま、まじですか……」


 そう言って試着室にそそくさと入って行ってしまう。


 カーテン越しに衣の擦れる音がして落ち着かない。もしかして今日一日あの服で出かけるのだろうか。それって本当にデートなんじゃないか? そういえば周りの人は俺達をどういう風に見ているのだろう、奇異な目で見られている気はしない。もしかして男と女のような出来事をしてしまっているのではないか? それって……それって……


 「彼方?」


 「どっひゃあ!」


 「変な声出して、どしたの?」


 「ああ、いや……おう」


 駄目だ、頭が回らず意味不明な問答をしてしまう。


 「あ……」


 「えへへ、着替えちゃいました」


 無垢な少女のように回ってみせる。スカートが翻って中身が見えそうで危なっかしいなあ。もし通りがかりのおじさんがスカートの中を見て興奮して内容物を認識して絶望したらどうするんだ。


 「それで?」


 「え、なに?」


 「何じゃないよ、彼方の趣味に染められた僕は感想を求めてるんだよ」


 上目づかいでそんなことを聞く。


 「……かわいいと思う。お前実は女だろ」


 「ブブー、残念、男の娘ですよーだ」


 なんだよそれ、おかしいよ。

 今まではこんなんじゃ無かったのに。

 こんな甘ったるい空気なんか吸ったことないのに。

 この瞬間が宝石のように輝いて眩しいよ。


 「じゃあ、次行こっか」


 「まだ服買うのか?」


 「服……というか、なんというか……」


 なんか歯切れが悪い。なんだか大変嫌な予感がします。


 「まあいいや。今日はとことん付き合ってやるから何でも来いだ!」


 意気揚々と言ったは良いものの、やはり休日のショッピングモールは人、人、人だらけ。眺めているだけで疲れる。


 「んで、次行く場所はどこなんだ?」


 「あー、うん。えっとー、このあたりかなー」


 なんか歯切れが悪い様子の深雪さん。

 マップで示した位置はここからだと反対方向にあるため、結構な移動距離になることが目に見えてわかる。なるほど歯切れが悪いのも頷ける。

 改めて人のジャングルに目を向けると途方もないことに嫌気がさす。

 しかし、俺も男だ。一度言ったことは撤回しないぞ。


 「おーけー、行こうか。その代りはぐれるなよ」


 「ん……」


 深雪は顔を赤くして目を合わせてくれない。どうしたことか、こちらに手を差し伸べ何かを待つように固まっている。


 「えーと、なんでしょう?」


 「だーかーらー! はぐれないようにしようよ……」


 本当になんだ、今日の深雪はおかしい。いや、一番おかしいのは変になった深雪を大切にしたいと思っている俺かもしれない。

 だからね、これは仕方のないことだ。いい訳じゃないよ?


 「はぐれるなよ」


 「うん!」


 深雪の手を取り人波をかき分けていく。

 その手は暖かく、すべすべで、思っていたよりもずっと柔らかかった。

 頭の片隅で、もう少し距離があれば、もう少しこの時間が続くのに。そう思ってしまった。


 そうしてたどり着いた世界は白とかピンクとか綺麗な色で装飾されたお店。


 「み、深雪さんや……」


 「な、なんだい彼方さん」


 「ここ女性ものの下着じゃねーか! さすがにイカンでしょ!」


 「イカもタコもないよ! 男の娘なんだから当然だよ!」


 知らんわそんな男の娘基準法!


 「とことん付き合ってくれるんだよね?」


 こんなところまで心中するつもりはないのですが。


 「腹をくくって下着脱ご?」


 「それくくってないから! 緩んでるから! あと俺は脱がないから!」


 今回は奇異の目で見られた。もちろん俺だけ。

 

 ☆

 

 「いっぱい買い物して疲れたね」

 

 「ああ……主に精神的にきたな。特に下着とか」


 日も傾いてきた頃、喫茶店で休憩をしながらただ雑談をするひと時。

お互い疲労も溜まってきたのか、夕飯の話なんかして帰宅ムードである。


 「今日はありがとね」


 「なんの感謝だよ、これくらい普通だろ」


 今日買ったものを宝物のように大事に扱う深雪。その中のひとつを俺に差し出してくる。


 「はい、これ」


 「なんだ、これ?」


 「鈍感だなー、お礼だよ。お・れ・い!」


 「だから気にすることないのに」


 そういえば俺がトイレに行っている間、どこかに行っていたみたいだが、きっとその時に買ったものだろう。唐突なイベントに少々戸惑う。


 「今日のこともそうだけど、この前体調崩したとき、看病してくれたじゃない。あの時のお礼もまだだったから、素直に受け取ってほしいな」


 「女ものの下着とかじゃないよな……?」


 「あー、その手があったかー」


 「ねえよ!」


 「あはは、いいから開けてみてよ」


 深雪が持っている袋よりも一回り大きめな袋。中を覗き込んでみると春用のセーターが入っていた。しっかり男物。


 「ほら、彼方服とか全然買わないからさ、こうでもしないといつまでも同じ服着るじゃない? だから、その、意外性もなくて普通なプレゼントかもだけど受け取ってほしいな」


 自分のプレゼントが恥ずかしいのか、しどろもどろに解説をする深雪。なんだか見てるこっちまで恥ずかしくなる。


 「ありがとう。俺こういう実用的なプレゼントのほうが嬉しいよ。花とかもらっても枯れるだけだしな。これならずっと着られそうだし、また買わなくて済む」


 「またそんなこと言ってー」


 ぷーっと頬を膨らませる。突っついたら破裂しそうなかわいさだ。


 「俺もこれ、着て帰っていいかな」


 「へ?」


 思わず口にしてしまったことに、今度はこっちが恥ずかしくなる番だった。


 「あー、ほら、なんだか寒いし。冷えるね、今日」


 「そうだね」


 優しく俺の変な言い訳を肯定してくれる。別に寒くなんかない、ただ、これを着たら気持ちが一新するような気がしたんだ。深雪が新しい自分を手に入れたことが少しだけ羨ましくて、嫉妬しただけなんだ。


 「じゃあ、帰るか」


 「うん」


 夕飯は外食で済まして寮へ帰る。いやー、これってデートじゃん。

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