第2話 波瀾万丈
「とりあえず少しはスッキリした」
そう言った顔はくっきり眉間にシワがより、全くスッキリしたように見えない。
ただ落ち着きはしたようで、地面を叩く左手の動きは止まっている。
ふと違和感を感じ左手を見る。手の平からうっすらと血が滲んでいた。
そんなに強く叩いていたつもりはなかったのだが、どうにも先程から身体を動かすのが上手くいかない。
何か噛み合わないような、ちぐはぐな感覚をアンジェラは感じていた。
それも当然のことだった。
前世の大人の体と、今の子供の体では、動かすのに違和感があって当然だ。
当たり前すぎて気付かなかった。そんな経験したことないのだから当然ではあるが。
「そりゃ子供の身体に変われば、長さも強さも違うわ」
そう言って自分の身体を、改めて冷静に見てみて気付く。
…………違和感の正体は他にもあった。
細い。子供にしても妙に白く細いのだ。最後にちゃんと食べたのはいつかと、自分に問いただしたくなるくらい。
それに、身体中にある治りかけの打撲痣と傷跡。特に腕に痣が一段と多い。
お世辞にも蝶よ花よと可愛がられていた、とは言えないその姿。
「「私」に一体何があったのかな…………」
乏しい知識しかない自分の想像力では、どうにも穿った考え方しかできそうになかった。
「私」は幸せではなかったのかもしれない。何かとてつもなく嫌なことが「私」の身に起こっていて、幼い自分には耐えられなかったのかもしれない。
もちろん頭部ぶつけた後遺症など他にも理由はあるのかもしれない。
だが記憶がないのは、もしかしたらそういう嫌なことが――――。
そう考えて、ずきりと胸が小さく痛んだ。
――――幸せになりたいな。
今そう思ったのは一体どちらのアンジェラだろう。
「よっこらせっと」
アンジェラはわざと大きな掛け声をだし立ち上がった。
色々考えても、今は解決できそうにない。ならとりあえず、行動してみるのも一挙だとアンジェラは無理矢理思考を切り替えた。
このままだと暗い思考に追い付かれ、立ち上げれなくなる気がしたのだ。
今まで過ごしてきた体より、遥かに小さく細い手足。
両手を握っては開いてを繰り返す。左手も気にするほどの怪我ではない。まだ噛み合わない感はあるが、直に慣れる。新調したての、眼鏡の違和感が使っているうちに慣れるのと同じだろう。
痩せてはいるがとりあえず今すぐ倒れる程ではなく、動くのに支障はなさそうだとアンジェラは判断した。
まさか自分が子供に転生することになろうとは。
そういえば自分は、転生ものの類いは全く嗜んでこなかったことを思い出す。こんなことになるなるなら、小説の一つでも読んでおけば参考になったかもと、少し後悔しつつ、アンジェラは周りを見渡した。
変わらず木々が鬱蒼と生えており、右も左もたいして代わり映えの無い風景が広がっている。
「ゲームならここで誰かが来てイベント発生とかするんだけどな」
ため息混じりにでた声に反応する者は誰もいない。残念ながらイベントは発生しないようだ。
「しょうがないか」
森歩きの経験は皆無。だがここにいたところで状況は改善されないことはわかる。
めんどくさいとか、そんなことも言っていられない。今できる最善を尽くさねばならない。
こんなところで社会人スキル、やりたくないけどやらなきゃしょうがないのでとにかくやる、を発揮するとは思わなかったが。
「よっしゃ!」
掛け声一つで歩きだす。
記憶喪失主人公
アンジェラは自分で考えてた通り、波瀾万丈な人生をこれから送ることになる。
これはその記念すべき第一歩であった。
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