第17話 ソラ

「…っ。」

 ユメと呼ばれた紫髪の少女は、依然としてメスを瑛美の眼球近くに構えたままぴくり動かず睨みつけてくる。だらだらと嫌な汗が瑛美の額を流れた。

 視線を外すのさえ恐ろしくて固まったままでいると、軽やかな手つきで少女の目が塞がれた。

「こーら。止めよう。」

「ぶ。でも、ソラちゃん!この女、ソラちゃんに気安く触ったんだよ!?悪態までつくし!眼球えぐり取ったって罰なんか当たらないよ!」

「はは。やりすぎ怖い。」

 ユメを後ろから抱きしめるようにキヨコが目を塞いでいる。そのキヨコの手をユメはぎゅっと握り返すと、目を塞がれたまま上を見上げて抗議の声を上げる。が、その声には甘さも多分に含まれている。

 軽口の応酬をしながら、キヨコはちら、と瑛美に視線を向ける。離れろ、と言っているようだった。瑛美はようやく金縛りが解けたかのように痛む身体を半ば起こして後ずさる。はっはと短い息で二人を見つめるが、二人の雰囲気はまるで恋人かのように甘く柔らかい。苛立ちが、瑛美の身体をじわじわと駆け上った。

「っさっきから、ほんと、わけわかんない…っ!なに、何なのよアンタ!キヨコのくせに!」

「そう。まだアタシを、キヨコだと信じてくれるんだ?」

 視線はユメに向けたまま、キヨコが、笑った。

 瞬間。

 おぞましさが、場を支配した。

 再度固まる瑛美。視線すら動かせない。ぞわぞわとしたおぞましさを身体が感じているのを理解しながら、瑛美はキヨコを見る。

 この笑い方は、《キヨコではない》。

 ゆっくりとキヨコ、もといソラがユメから離れる。そしてゆったりとした足取りで瑛美の元へ身体を向ける。その仕草、動き全てが《キヨコではなかった》。

「じゃあ改めて自己紹介といこうか。アタシはソラ。潔子の一時的な代理人さ。」

 はすっぱな言い方でからりと笑い、ソラは瑛美を見下ろした。

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