第15話 マンション
「ねえ、…ねえったら!」
あれからしばらく腕を引かれたまま歩き続ける瑛美だったが、だんだんと落ち着きを取り戻すにつれ、不安が増していった。キヨコはあれから振り返りもせず黙ったままだったからだ。裕也はどうなったのか、聞くことすらできない静かな威圧があった。
やがてキヨコはとあるマンションの入り口の前でぴたりと足を止めた。くるりと瑛美を振り向けば、やはり完璧な微笑みで言葉を紡ぐ。
「着いたわ。どうぞ、入って。」
まるで、このマンション全てがキヨコのものであるかのような物言いだった。瑛美はマンションを見上げると、築年数が浅い高級感溢れるものだとわかる。キヨコはこんなところに住んでいたのか。では、今までなぜあんなにもみすぼらしい恰好をしていたのだろうか。
「い、嫌よ…!」
「?どうして?あの性欲全開男のところにでも行く?」
「どうしても!」
恐怖と嫌悪の入り混じった表情で思わず後ずさる瑛美に対し、キヨコは心の底から不思議そうな顔で首を傾ける。ただ瑛美の腕を掴んだ手から自分の手をようやく離した。
「おか、おかしいわよこんなの。私は、あんたをイジメていた側の人間なのよ?」
「それがどうだっていうの。あそこでレイプでもされたら満足だった?」
人が見てるわよ、とキヨコは軽く首をすくめて周囲を指で指す。瑛美はようやく周囲に視線を走らせる。高級マンションの目の前でイジメやらレイプやら、強い言葉に反応した好奇心丸出しの視線が、瑛美の身体にまとわりつく。
「別に悪いようにはしないわ。おいで。」
「……。」
キヨコの表情から、何も伺えないことが瑛美は不気味だった。ただ敵意はない。それだけを理解できた時、ようやく瑛美は無意識のうちに胸の前まで手繰り寄せていた腕を下ろし、キヨコの方へ自ら足を踏み出した。
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