第14話 それは助けかそれとも

「キヨ、コ…?」

「?そうよ。なに?」

 涙と鼻水交じりの声で呆然とキヨコを見つめる瑛美。それに対して不思議そうにくすりと笑い、小首をかしげるキヨコ。二人の視線がばちりと合った時、裕也が思い切り舌打ちした。

「これはこれは、今話題のキヨコサンじゃないスか。瑛美から色々話は聞いています。例えば、街中で男を片っ端から誘惑するビッチだとか。」

「そうなの?それは初耳だわ。私、友達がいないからかしら。」

 裕也は嫌な笑みと一緒にキヨコを上から下まで見る。キヨコの胸元、スカートから伸びる白い足に向ける下卑た視線の意図に気づいているのかいないのか、キヨコは涼やかな表情のままゆっくりゆっくりと二人へ近づいていく。

 だが、裕也と瑛美はキヨコが近づいていることに。 二人が気づいた時には既に、キヨコは目の前にいて、そしてあくまで自然にゆったりと裕也の腕を引っ張り瑛美から引きはがした。そして緩やかに瑛美と裕也の間に自らの身体を滑り込ませた。

「な、…にすんだよ、このクソ女!」

 自分に起きたことを理解するのに数秒かかった裕也は、突如激高しキヨコへ吠えたてる。微笑みを崩さないキヨコに瑛美は自身でも理解できない感情を抱いた。

「さて、と。これから少し時間ある?奈良塚さん。」

「え?……?」

「もし時間があるなら、私と一緒に来て欲しいところがあるのだけど。」

 急に身体の向きを瑛美に向けたかと思えば、裕也のことを無視して笑いかける。とは言いつつ、涙を鼻水でぐしゃぐしゃの瑛美への配慮を忘れたわけでもないらしく、ポケットからハンカチを取り出して、瑛美の目元を拭きながら声をかける。

 堂々としていて、それでいて裕也のことなど欠片も視界に入れないキヨコに、瑛美はやっとキヨコに対する感情が「恐怖」であることを理解した。

「い、いやよ・・・。」

「?どうして?私、お邪魔だったかしら?」

「そうじゃなくて…。」

 心底不思議そうなキヨコに、瑛美もどう答えていいかわからずしどろもどろ。その様子を見ていた裕也がしびれを切らし、苛立ちを隠そうともせずキヨコの肩を掴んだ。

「…私に触らない方がいいわよ。」

「はっ!強がりを。もう瑛美じゃなくてお前でもいいわ。俺の家来いよ。キモチイイことたくさんしてんだろ?俺の相手もしろよ。」

「――…いい加減にしないと、私、怒るわよ。」

 その声色に瑛美だけがキヨコの感情の機微に気づく。肌が粟立った。裕也が乱暴に掴んだキヨコの肩を自分の方へと向けさせようとした。途端、裕也が地面に沈んだ。何が起こったか、一部始終を見ていた瑛美さえもわからなかった。

「裕也。」

「?あ…ぐ…。」

「さて、と。行きましょうか、奈良塚さん。」

 顔をうつ伏せにした裕也が動こうとするが、動けない。奇妙にぐねぐねと四肢を揺らす姿に、キヨコは虫みたいだとどこか俯瞰した視点で見つめる。裕也の身体の下から何かどろりとした赤いものが流れていた。それが血だと頭が理解する前にキヨコがするりと瑛美の視界を塞ぐように身体を動かして瑛美の腕を取る。

 キヨコは裕也を最初から最後まで見ることもなく、瑛美を公園から連れ出した。

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