第12話 潔子の視点その二

 夕方同じ場所へ訪れてみると、子猫はまだそこにいました。雨に打たれ、濡れたまま放置していたので、鳴き声は朝よりか細く、より一層憐れさを醸し出していました。

 とても、いい。

 私はほくそ笑み、ここまで来る道中、ドラックストアで購入した小さな折り畳みのナイフを取り出しました。ああ、非日常。非日常。非日常。

 弱者は強者に虐げられても仕方がない。

 これが、私が高校の人間関係で学んだ唯一のことでした。


 私の親は、私の出す結果ばかりを評価する人間でした。高学歴で高収入を得、それを両親へ還元するよう何度も何度も言い聞かせられて育てられました。

 食事は、高い栄養価のあるものさえ食べさせておけばいいとばかりにカロリー重視。それは思春期となった私の肌へ顕著に現れました。

 お風呂は週1回。入浴時間さえも勉強に充てるようにとの親からの配慮だそうです。

 おかげさまで高校では成績優秀を維持し続けていますが、なぜかそんな私には友人ができたことがありません。それよりも、いわゆる「いじめ」と呼ばれる行為をされている気がするのです。

 周囲の視線は両親とはまた違った黒にまみれています。その口で語る言葉は、どぶの色をしているのです。

 私は、なぜそうなのかがわかりませんでした。わからないことがないように勉強ばかりさせられた16年ですが、人間の感情の機微がわからないのです。

 だから私は口を閉じました。周囲から語れる言葉は意味がわからないので返事のしようもなかったのです。される行為も、勉強の妨げになるものではないし、そもそも両親から与えられる行為と比べれば格段に痛みが少ないため気にしなかったのです。

 ですが、とてもイライラしていました。

 なぜこんなにもイライラするのかがわからない時に、私は子猫に出会ったのです。

 子猫は、私でした。こんな弱い生物を自分が弄ぶことができる。

――ああ、こんな感情だったのね。

 強者は、弱者には敵わない。

 そろりそろりと、私はゆっくり公園の藤棚へと足を進めました。


「なぁ。何、してんだ?」


 本当に、唐突に、声がしました。

 雨のカーテンで見えづらくなっていたとはいえ、私は周囲に誰もいないことを確認してから公園へ足を踏み入れたのに。

 そこには一人、うすぼんやりとした背景の中で黒い傘を差し黒い服を着た人間が公園の入り口近くに立っていました。


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