第11話 潔子の視点その一

かわいそうだと、思いました。


その日は雨が降ってたので、私は傘を指しました。

真っ黒な可愛げのない男物の傘です。

母が私に、教科書が濡れないようにと選んだものです。

いつも通りの時間にいつも通り家を出た私は、ほんとに些細な反抗をしてみました。「日常」という檻から、ほんの少し、出てみたかったのです。

具体的に言えば、一駅離れた駅まで歩いてから通学しようと思ったのです。


元々8時前には学校についている私です。

一駅分歩いたところで、ホームルームには間に合うとふみました。

ザーザーという雨音と、たまに鈍く光る車のライトを浴びて、私は歩きました。


住宅街の中、ひとつの曲がり角を曲がった先に、同じ制服の女生徒が歩いているのが見えました。

ピンクの地に黄の花柄模様の傘が、灰色に濁っています。

私は一瞬逡巡したあと、元の道を少しだけ戻り、曲がり角から彼女の様子を眺めることにしました。なんとなくの予感。彼女は、私に非日常を与えてくれる。

彼女は電柱の傍に立ち止まり、ダンボール箱を見つめていました。その横顔は端整で、だけど酷く冷たい表情でした。私は、その顔に興味を持ちました。


やがて彼女は歩きだしました。

私は彼女の傘が灰色に掻き消されたあと、そこへと足を向けました。

電柱の傍のダンボールの中から小さな声で鳴き声が聞こえてきます。

ああ、やっぱり彼女は、私に非日常をもたらしてくれた。

私の頬が引き伸ばされるのがわかりました。私はそっと頬に手を添えると軽く瞬きをしました。

私は笑っていたのです。抑えきれない胸の高鳴りも、思わず笑ってしまうことも、私には初めての体験のように思えました。

そして、傘を首と肩で支え、傘からはみ出した部分が濡れることも厭わず、私は段ボールを両手で抱えました。子猫と水分を含んだ段ボールはやや重たく、よろよろとしながら私は最寄りの公園へと行きました。

辺りは灰色で、人通りもあまりありません。公園に誰もいないことを確認した私は、藤棚のベンチの傍に段ボールを置きました。中の子猫は相変わらずにゃーにゃーと鳴いています。指先でつついてみると、スリスリと甘えるように私の掌へと寄ってきます。この子は加護を求めている。そう確信したとたん私は愉悦に浸りました。

死んでしまわないように、私はカバンの中からハンカチを出し、子猫を包みました。藤棚の下とはいえ、隙間から水滴が滴るので、私は段ボールの上に傘を差しました。これで一安心。

「いい子にしててね。夕方には、戻ってくるから。」

優しく聞こえるようにと十分気をつけたうえで、私は子猫に語りかけました。子猫は暖かなハンカチにくるまって目を閉じています。私はもう一言添えたかったのですが、起こすのもかわいそうなので、何も言わずにカバンを手に取り学校へと足を向けました。


―夕方までそこにいるなら、どうなっても知らないわ。


胸の中だけで呟くと、やっぱり私はどうにも可笑しくて小さく笑い声を立てました。弾んだ足取りで歩きながら、これがワクワクするということなのねと、新しい気持ちに気づくのでした。

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