第10話 裕也

 ※注意:少なめの性描写あります。


 キヨコと話をしたあと、瑛美はトイレで崩れたメイクを直し、教室へ戻った。キヨコは既に帰ったのか、いなかった。

 戻ってきた瑛美に対し、わざわざ待っていた陽菜と真希子からは「心配している」という皮を被せた詮索をされたが、無難に答えた。こういうときに自暴自棄になれないところも、瑛美が自分に対して嫌悪を感じるところである。

 キヨコは変わらない。美しいまま、そして、独りのままだ。


「『人は現実のすべてが見えるわけではなく、多くの人は見たいと思う現実しか見ない』、か…」

「ん。いきなりどうしたの?瑛美。」

 キヨコと対面後の翌日、彼氏の裕也と帰っていたとき思わず瑛美は呟いた。裕也は、潔子を初めて見かけたあの雨の日に朝練をしていた男だ。瑛美の方から春休みまでかけてずっとアプローチし続け、2年生の始業式の日に裕也から告白付き合った。

「あ。ご、ごめん。ちょっと考え事してて…。…あの、裕也はさ、キヨコのこと、どう思う?」

「潔子?いきなりなんだよ。まあでも、すっげー美人になったよな。可愛いし、胸もそこそこある」

「裕也のクラスは離れてるのに、やっぱり情報入ってるんだ。てか、もう、止めて。エッチ」

 瑛美と同じくらいなのかな?と軽々しく瑛美の胸に手を伸ばす裕也の手を、瑛美は軽く払いのける。裕也は諦めず、瑛美の腰に腕を回して駅へと足を向けた。瑛美はにこにこと笑いながら、内心ではこの男のそういうところに辟易しため息をついた。

 裕也は、瑛美がルックスのよさと男女遠慮のない性格を見込んで落とすことに決めた。バスケットボール部の彼は運動神経もそこそこ良く、毎朝の練習も励んでいたので瑛美は足しげく通いタオルや飲み物を差し入れした。見目のよい二人を羨む男女双方の視線は、瑛美を激しく心地よい気分にさせた。また、男子は裕也に、女子は瑛美に、「嫉妬」の感情を乗せて見ていることも瑛美は気づいていた。

 しかし、誰も何も言ってこない。それが瑛美には王者としての意識を呼び起こした。裕也を手に入れたい。手に入れれば、私の価値はもっと上がる。そんな欲望がむくむくと膨らんだ。


 裕也がこんなのになったのは、一度やったからかもしれない。

 裕也は性格もよく、また運動神経もよかった。部活の顧問から可愛がられ、部活でもレギュラー枠をその性格と身体能力の高さで勝ち取るほどだった。

 しかし彼の内外のよさは、当時1年生であった彼には大きすぎるギフトだったのだろう。既に校内一の美少女とまで言われていた瑛美と付き合い始め寸前という状況への嫉妬もあったのかもしれない。彼は1年から2年へ進級するまでの間の春休み、先輩から徹底的に潰された。学校の体育館で練習試合が行われた。裕也は最初のメンバーに抜擢されていたが、仲間からボールを持たせてもらえず、彼がマークされると助けに入ることもされず、ミスをすればお前のせいだと詰られていた。

 瑛美は友人とともに応援に行き、その様子をみて、と思った。

 試合が終わったあと、裕也は一人体育館に残っていた。あらかじめ先輩が裕也以外の1年生に根回しをしていたようで、彼に話しかける者はいなかった。彼は呆然とステージに腰を下ろしゴールを眺めていた。

 それを横目でしっかり確認したあと、瑛美は友人とは途中まで一緒に帰ったが、「ちょっと忘れ物したみたい」と伝えて先に帰らせた。瑛美は体育館の周辺や、裕也がまだ一人でいることを確認すると、裕也の隣に座りそっと頭を裕也の肩に乗せた。裕也は何も言わなかった。しかし、瑛美をとても意識していることが身体から伝わる緊張や固さから感じ取った。瑛美はそっと裕也の手を取り指を絡ませた。裕也がその指に力をこめて瑛美を力任せに押し倒したとき、瑛美は確かに笑った。

 蛇が獲物を捕らえた瞬間だった。


「――勝った」

 身体をまさぐる裕也を尻目に、瑛美は唇だけで、そう呟いた。


 

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