第7話 それは小さな戦い
瑛美の地位は、瓦解した。
少なくとも瑛美はそう感じた。
毎日誰かがキヨコの話題を取り上げる。
「キヨコに落とした消しゴムを拾ってもらった。ラッキー」「今日は髪の毛を耳にかけた仕種が絵になってた」「比良坂さんとお近づきになりたいけどなんて話かけていいのかわかんなーいっ」つい先日まで罵り、
全て、瑛美がつい先日まで言われていたセリフだ。
美しいものは全てに勝つことができる。それを改めて、瑛美は痛感した。
瑛美が努力で昇りつき、努力し続けてキープしていた地位に、キヨコはたったの数日であっさりと昇りついた。元々学力の高いキヨコだ。人並みとは比べものにならない努力をしていたのだろうか。瑛美がどんなに悶々としても、キヨコは涼しい顔で授業を受けるだけだった。
ただ、瑛美と違ってキヨコは美しさを手に入れても一人であった。
一人で通学し、勉強し、休憩し、誰とも混ざらず交わらず。キヨコは美しすぎるがゆえに、孤独であった。
周囲もなぜかはキヨコの行動や容姿について取り上げるが、性格に関する話は一切話題にしなかった。話題にできなかった、が正しいのかもしれない。それほどまでに、彼らはキヨコを知らなかった。
校内を一人で過ごすこと、キヨコの表しか見ていない生徒たち、それに関してだけ言えば、キヨコの生活は何一つ変わっていない。
瑛美は潔子がキヨコになり、その日の昼食時に取り乱しかけてから、悪口もいじめもしなかった。嫌悪感は常に募らせつつ、様子を窺っていた。
キヨコの様子と、その周囲の様子。何がどう変化し、自分はどう動けばトップの地位を取り戻せるのか、瑛美には知る必要があった。
「でもさっ、あれぜーったい整形だって。」
「あー、きっとそうだな。だって元々ガリの貧乳だぜ?それがあんな胸になるとか、整形か少なくともなんか詰めねーと無理だって。あーあ、そんな必死になってオトコたぶらかして、潔子サンは楽しいのかねえ」
「ていうかさ、整形でもなんでもいいけどさ、瑛美の可愛さに勝てるわけねーっての。」
昼休憩、ぎゃははと下品に笑う取り巻きたちがあげた話題に、瑛美はぎくりと固まる。
周囲の探るような視線が、自分のグループに集まっている。
―黙れ。
ご機嫌取りをする彼女たちに、瑛美は唇の内側を噛んで言葉も同時に噛み殺す。顎を引きお弁当を箸でつつきながら、瑛美は自分の唇が弧を描いていることを確認する。
「二人とも、そんなこと言っちゃ駄目だよ?」
顔をあげる。取り巻きたちと、クラスメート数人がこちらを見ている。
「今まで確かに私たちキヨコに酷いことしちゃったけど、もうそういうのやめようよ。」
ここが、勝負どころ。瑛美は自分の横髪を指先にくるりと巻きつける。
「キヨコだってさ、何がどうあれすごく綺麗になったのは、私たちの言ってたことを聞いてくれてたからだと思うのね。だからさ、私たちもキヨコが綺麗になった事実を認めて受け入れようよ。」
吐き気が、こみ上げる。でも、笑え。―――笑え!
「せっかくみんな可愛いのに、綺麗な人の悪口言ってたら私たちが僻んでるみたいになっちゃうよ?だから、ね。陽菜も真希子もこの話はもうやめてお弁当食べよ?」
名前を呼ばれた陽菜と真希子はまさか瑛美に窘められるとは思わず、少しの間言葉を失う。そして引きつった笑顔を浮べ、「まぁ、そうだな。ウチらがわざわざ悪役になることもねーか」という真希子の言葉に陽菜も慌てて同意しながら頷く。
キヨコの話はそこで終わった。
こちらを見ていたクラスメートも、瑛美がキヨコの話に乗らなかったことで興味が失せたのか、各自のグループの輪に戻っていった。
瑛美はそれらの流れを観察し終えたあと、そっと息を吐き出した。我ながら苦しい台詞だったと思う。だけどもう、これ以上自分の地位を、瓦解した地位を粉々にするわけにはいなかった。
お弁当の残りを食べようと瑛美が下を向いたとき、不意に影が差した。
「奈良塚さん。放課後10分だけ、お話させてもらえない?」
その声を発する人物が誰だかわかったと同時に瑛美はおもいきり振り返った。いつの間にか瑛美の背後に立っているキヨコが、にっこり笑って小首を傾げた。
一難さってまた一難。そんな言葉が瑛美の脳裏に思い浮かぶ。
―はあ?なんで?死ね。
そんな言葉は言えないととっさに判断し、瑛美は息を飲んだ。
「ええ。私も、話したいと思っていたの」
虚勢にならないよう精一杯、瑛美もにっこり笑った、つもりだった。
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