第6話 揺らぎ

 はキヨコだ、と瑛美は思うことにした。

 アレが潔子であっていいはずがない。

 

 その日のキヨコは、自分のクラスどころか、学年規模で話題をかっさらった。GWの話ははるか昔の過去になってしまったようだ。休憩時間になると、別のクラスからキヨコを一目見ようと野次馬が集まってくる。

 キヨコの美貌は、生徒だけではなく教師も魅了した。例えば、朝のホームルームで担任はキヨコの苗字を呼んで席を見た途端、固まった。

「・・・きょ、今日は比良坂ひらさか、雰囲気が違うな」

「そうですか?ありがとうございます、加藤先生」

 頬を染めながら無理に笑った加藤に、キヨコは薄く微笑んで小さな礼をする。

 いつもは瑛美の胸元を見てにやけるエロ加藤が、初恋でもしたかのように挙動不審になっているのは別にどうでもいい。だが、いつもの潔子なら黙って下を向いているはずだ。それが。笑って。「ありがとうございます。」瑛美はキヨコへの嫌悪感を募らせる。


 瑛美はお昼ご飯を取り巻き達と食べながら、それとなくGWに家族旅行の話をしてみたが、反応は「ふーん」「そうなんだ」「いいね」の薄いものばかりだった。取り巻き達の視線は、お弁当とキヨコの元へとばかり向く。

―いい加減に。

 ドン、とお弁当箱を瑛美は目の前の机に叩きつけた。

「あのさ、私の話、面白くなかったかな」

 叩きつけたことで一瞬表に出た瑛美の本性は、慌てて繕った笑顔の裏に隠れる。大きな音を立てたことで周囲のクラスメートの視線が集まる。ごめんね。そんなことないよ。オーストラリア旅行楽しそうだなって聞いてたよ。ごめん、ごめんね。

 ごめんが面白くないと思ってごめん、だとは気づかない彼女達は、必死に瑛美のご機嫌取りに移る。

「ううん、私こそ大きな音を立ててごめん」

 手のひらを軽く目の前に合わせながら、取り巻き達とそのやり取りを眺めていたクラスメートに謝罪する。その間、瑛美は自分の右からチリチリとした視線を常に感じる。

 キヨコが、見ている。

 瑛美は、キヨコの方を向い謝ることだけはなかった。


 

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