再開ハ突然ニ Ⅱ
基地を出て、周りを見渡す。が、誰も待ち人は居ない。
もう帰ってしまったのだろうか?
そう思いつつ、基地に戻ろうとすると。
「おい!ムー!」
と背中に俺の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。
その声はどこか懐かしく、幼少の頃を思い出す変わらぬ声。
振り返ると声の主が手を振っていた。
「天尾翔」
同郷の幼馴染の彼は、俺と同じ大学を受験し共に合格し、そしてあの時を境にそれぞれの道へと。
「元気だったか?ムー!」
そう言いながらこちらに駆け寄る翔。
「翔!お前も此処へきたのか!?」
驚きを隠せない俺は、また昔を取り戻すかのように握手を交わす。
「先日、鹿屋基地に着任した。お前が笠之原にいると聞いてな。」
得意げな顔をしながら翔は語る。
「てっきり豊橋の方にいると思ったぞ。それにしても変わらんなお前は。」
はそう言いつつ翔の顔をみる。
大学時代と変わらない容姿は海軍に入ったようには思えない。
むしろ幼少の頃と背格好は違えどなのかもしれない。
すると翔は、
「お前は、随分と変わったな。髪型も、目つきも。」
そう言いながら翔は遠い目で俺を見る。
自分では気付かない本当の自分。だが幼馴染の言葉は誰が言うよりも重く、その言葉は俺がどんな言葉を使って否定してもその否定の言葉はきっと無意味で。俺は翔の言葉に否定ができなかった。
もうあの頃には戻れない。お前も知っているだろう。
本当は否定したい自分がいるのも知っている。だが、したところできっと翔には、届かないだろう。
その空気を汲んだのだろうか、話を逸らそうとした翔が口を開く。
「あぁ、そうだ、ムー。お前は振武神社って所知っているか?ここら辺じゃ有名らしいが。」
まさか神社の話が出るとは思わなかったがその名前は記憶に全くない。
「いや、全く知らない。どこにあるんだ。その振武神社とは。」
すると翔は驚いたのだろう目を見開き、数回まばたきをすると、
「お前は知らないのか?振武神社!?出撃する隊員達の未来が見える巫女さんが居る
みたいだ。そいつが戦果を上げるとかも見えるらしい。ここから30分くらいの所らしいが、せっかく俺もお前も鹿児島にいるんだ。一緒に行かないか?」
お伽話のようだな。と初めは思った。だが今までこいつが嘘を吐いた事はない。俺は期待半分、バカバカしいと思う気持ち半分で、二つ返事で返す。
二人並んで、歩き出す。俺は少しむすっとしたまま。翔は少年の様な笑顔のまま。この時間がずっと続けばと願った。しかし無情にも日は静かにけれども正確に時を刻む。
ふと、翔が沈黙を破る。
「ムー。なんで俺がムーって渾名を付けたか知ってるか?」
ムー。確か4つくらいの時に勝手に翔が俺に付けた渾名。
中学でても、大学に行っても。出来た友人や上官、同期にもその渾名は付きまとい、自分の名前も覚えていない。辛うじて書類に書かれた名前で自分の名前を思い出す。
「知らんな。訳の分からない渾名をよくも付けてくれたな。お陰で柊達にもその名前で呼ばれてた。果てには今も部隊で呼ばれてる。」
そう言うとハハハと笑いながら
そうか、そこまで呼ばれてると思うと凄いな。
俺がなんでムーって呼ぶかそれは
そこで一気に黙り込む。沈む夕陽を見つめながら翔はすぅと息を吸い込んだ後口を開く。
「やっぱり・・・やめておこう。まぁ、渾名の話はいずれしてやる。まだ、もう少しだけ待ってくれないか?」
俺は首をかしげながら「わかった」とだけ話すと再び歩を進める。
翔の顔はどこか遠くを眺め、静かに語る。
ただお前の本当の名前はちゃんと知ってるから
とだけ付け加えて。
俺もすまなかったとだけ口を開きそれ以降沈黙の空気が流れる。
長年の付き合いだが、この様な喧嘩はなかった。
この様なご時世だ。きっと俺もそして翔も、ピリピリしていたんだろうと思うと俺も翔も変わったのかもしれない。
頭に浮かぶ言葉は戦争で荒みきった自分自身かも知れないと。
そこで俺は幼少の頃の話をきりだす。
「そういえば、故郷には帰ったか?」
「ああ、ここに来る前にな。元気にしてたぞ。桜木のおじさん、おばさんも。お前の兄妹もしっかりやってるみたいだ。お前もたまには帰ってやれよ。桜木の両親もきっと喜ぶぞ。」
「そうだな。いつか戻りたいな。」
夕陽をみるとあの頃と変わらぬ夕陽が懐かしく感じる。
たわいない話だが俺たちはきっともう違う世界を歩きだしたかも知れない。そう思いつつ、考えていると、翔はポケットから一枚の写真をだす。
大学の頃の写真だ。今は亡き友も写った写真はシワになっているが綺麗にしまってあったことを窺わせるようにその当時のまま、色褪せず残っていた。
出征前大学の友人と、最後だからと皆で写真を撮った事が思い出される。
「懐かしいな。」
俺はふと呟く。翔にも聞こえたのだろうか。
懐かしむように微笑し、この頃が懐かしいとだけ言うと写真を仕舞う。
どれだけ歩いただろうか、日は沈みかけていたが、くだらん戯言を抜かす程度には、昔に戻れた気がする。
「そろそろだな。そういうと翔はポケットから手描きの地図を取り出して、俺の前に立って先導する。」
気付くとどこまで来たのだろうかと思うほどの田舎に来ていたようだ。
水が枯れた田んぼや、畑は懐かしいとは違った顔を覗かせる。
すると、先程まで前を歩いていた翔が足をとめ、こちらに振り返る。
「こっちだ!」
探し物を見つけたように無邪気な笑顔で振り返った翔は
俺を好奇心に駆り立てる。
初めて空に憧れたあの時のように。
「この階段を登れば振武神社だ、」
そうとだけ、俺に伝えると彼は300段はくだらない階段に足を踏み込む。
翔軽い足取りとは裏腹に俺の第六感が警笛をならす。
階段を仰ぎ見ると、翔はすでに100段ほど上り終えていた。
俺も溜息をついた後、重くなった足を持ち上げる様にして、階段を登る。
150段程登った所で息をつく。先に行く翔はまだまだ余裕があるのだろう。先にどんどん進んで行く。
今まで登ってきた階段を振り返るとそこにはこの世のものとは思えぬほど綺麗な日が沈もうとしていた。
その景色に後ろ髪を引かれるが先に行く翔に少しでも追いつくため、先を急ぐ。ようやく、終わりが見え、先に着いたであろう翔の名を呼ぶ。
しかし、返事はなく、聞こえないだろうと自己解釈し、最後の階段を踏みしめる。
すると視界に入る景色は、一面中に広がる桜、桜吹雪。
夕陽と重なり桜吹雪が反射する様にして、キラキラと桜の花弁が舞う。
「綺麗だ。」
この人生の中、これほど綺麗な風景を見たことがない。そしてその一言が自然に漏れる。
青空に飛んでも決して見ることができない、あまりにも綺麗で、儚くて、刹那の様に過ぎ去る時間が止まる様な景色の中、
彼女ト出会ッタ―
白の着物に赤の袴。膝裏位まで伸びる光を反射するような長い髪を風になびかせながら、彼女はゆっくりとこちらに振り返ったー
その瞳には涙を溜めながらー
「よく、来たな―」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます