再開ハ突然ニ

俺は地面に降りる。そして大空を見上げすぅーと息を吐いては静かに吐く。

まるで無邪気な子供の様に。

ただ空を見上げているうちに遠くから足音が聞こえる。

足音の方に視線を移すと、愛機の担当整備兵の本田二等整備兵曹が走ってくる。


「少尉!お怪我はありませんか?」

そう不安そうに顔を覗かせる本田。俺は安心させるように、


「ああ。しっかりした整備のお陰だな。」


俺はそう言いながら愛機の深緑の翼を持つ愛機を撫でる。すると本田は

「ありがとうございます!」

言いながら頭を下げる。

有難う。感謝する時の言葉。きっとこのこの愛機は俺の相棒とは別に彼にとっても子供の様な存在なのかもしれない。

03-39。俺の愛機の垂直尾翼に書かれた番号。旧式な零戦の中では新しい方の52型甲。そして、右胴体、日の丸が描かれた右側に6個の「星の絵に雷」のマーク。

これは俺がこの機体に搭乗するようになってから描き出した撃墜マークだ。

随分と昔からこの隊、203海軍航空隊戦闘303飛行隊にあったそうだ。

もっともこの隊の現主装備は零戦の重防御、重火力型の52型丙なのだが。その重装備を持ってしても、グラマンF6Fを落とすことは難しい。


「この機は誰も扱えることが出来ませんでした。初めて手懐けたのは少尉です。もしかしたら、少尉を待っていたのかも知れませんね。」

そう言いながら微笑する本田はどこか嬉しそうだ。

子供が無事に帰ってきたような安堵感なのだろう。

そして俺は戦闘中に発生した無線機故障の件を話の合間をみて切り出す。

「そうだと良いのだが。ただ、無線機が帰投中に故障した。そちらの方を確認頼む。」

ハイッとだけ本田は言い残すと数名の整備兵と共に愛機を掩体壕に格納に入る。

その作業を背に俺は戦果報告のため、足早に指揮所の建つ場所へ向かう。


隊員が集合する場所に到着すると皆浮かない顔をしていた。

作戦自体は成功を収めたのかも知れない。しかし詳細は無線機故障のため俺は知る由もない。

「おい、少尉、貴様は何機落とした?」

ふと気付くと士官の一人が俺を呼んでいた。飛行長だ。急いでその場所に向かい、本日の戦果を報告する。

「撃墜3機、不確実1です」

そう伝えると「よくやった」とだけ返事をし、黙々と黒板に記入する飛行長は、他の隊員と同じ様に俺の戦果を記入する。


全員整列の声が聞こえ、一斉に整列する。

岡崎飛行隊長を先頭に3名の士官が横に並び、その後ろに2名ずつ並ぶのは下士官達だ。

すると岡崎飛行隊長が報告を始める。

「本日、友軍攻撃隊間接援護の際、敵迎撃に遭遇、交戦し13機撃墜確実他4機撃墜不確実と認む!被撃墜0。以上、報告終わり!」


報告を聞いていた指令は報告終了後、椅子からゆっくり立つと、


「諸君、ご苦労だった。しかし721航空隊は全機撃墜され、攻撃は失敗に終わった。諸君らには尚一層の攻撃精神で援護、直援にあたってもらいたい。以上、解散」


その言葉を告げると同時に俺たち搭乗員は一斉に敬礼を行う。1,2分たったのだろう。指令所前で岡崎飛行隊長の訓示が始まり、俺たちもそれに参加する。

「皆、ご苦労だった。戦果は聞いての通りだが、次回は必ず成功させる。少尉、お前の活躍見事だった。他の隊員もしっかり休み、次回も頼むぞ。以上。」


みな「以上」の言葉が終わると軽く敬礼しながら、詰め所に戻る。俺も着替えのため、詰め所に戻ろうと踵を返すと突然後ろから「少尉」と声をかけられその方へ振り返る。

「お前だ。ムー少尉!」

振り返ると岡崎飛行隊長が俺に手招きをしながら叫んでいた。俺は小走りに岡崎少佐の下へ駆け寄る。


「岡崎少佐。如何されましたか?」

岡崎飛行隊長。この隊を率いる隊長であり、また熟練搭乗員でもある彼は、南方での勤務が長かったらしく、ある戦役で、自分の隊が特攻に使われると聞くと一番に反対意見を申した人物らしい。

そんな豪快な人物像とは裏腹に少年の様に日焼けした顔に笑顔を浮かべながら、


「さすがだな。少尉。3機撃墜、か。やはりお前は空に飛んで正解だったな。お前のような若手がもっと居てくれればな。無駄な命も失わないのだが。とにかくその技は俺にも真似できん。各航空隊でも中々お前の真似を出来るやつも居ないだろう。」

そう言いながら俺の左肩をボンボンと叩く。


「そんな。私はただ、瞬間的に操縦桿を駆っただけです。」

そう顔色ひとつ変えずに俺は岡崎飛行隊長にそのときの出来事を語る。


「今までの撃墜数はどれくらいだ?」

そう尋ねられたので、ここに着任してからのスコアである不確実3機を除き12機と報告する。


「お前は空を飛ぶ為に生まれたのかも知れんな。撃墜マークも特別に描いて良いと言われても仕方がないか。だがお前は4週間休みがなかったそうだな。今日はゆっくり休んで明日、一三〇〇に隊と合流しろ下がってよし。」

ハハハと笑いながらそう言う隊長は、最後にもう一度ボンボンと方を叩き、俺を開放する。俺は駆け足でその場を後にした。

4週間ぶりの休み。

最近は空襲も激化し、連日の空戦に参加した。

他の都市も例に漏れず帝都のほうでは10日前には夜間大規模空襲があったため此処鹿児島でも警戒態勢が続いていた。俺は早く着替えるため詰め所へと向かう。

しかし休日といっても1日しかないため特にする事も余りなく、故郷に居る弟妹達に手紙を書くくらいしかない。早く書こうと思い急いで詰め所に向かう。


詰め所に付くと数名の下士官が俺を待っていたらしく

今日の空戦での賛辞を送ってくれた。ここの隊に着任したばかりの頃は、下士官の中には俺より年上の者も居るため、中には予備学上がりの俺を軽蔑するものも何人かは居たが、今は同じ釜の飯を食う仲間でありこの空に羽ばたくと背中を託す友になる彼らは非常に心強い者達ばかりだ。

一人の下士官が俺を呼び止める。


「ムー少尉。」


振り向くと頬に傷のある下士官―斉藤上等飛行兵曹(上飛曹)が待っていた。今まで詰め所前に置かれている椅子で俺を待っていたのだろう。

頬に傷の有る彼は南方の方で敵機と交戦中攻撃を受けた際に出来た傷と聞かされている。幾度の空戦を生き抜いた彼は痛々しい頬の傷を口元と共に上げながら、


「お見事でした。ムー少尉。あの敵が2倍3倍居る中で的確な攻撃をするとは。」


俺は「有難うございます。」とだけ伝えると「実はまだ」と返事をし、斉藤上飛曹はいよいよ本題に入りだした。


「飛行場の正門前、少尉の友人なる人が待って居たみたいですよ。早く行ってあげてください。では。」


そう伝えてくれた斉藤上飛曹は再び、詰め所の前に鎮座する椅子に浅く腰をかけながら他の隊員達と談笑に戻る。その声を背に聞きながら詰め所に上がり、急いで飛行服から制服に着替える。手紙は今日の晩に書くと決め、まずは待たせている友人に会うのが専決の為、急いで紺の詰襟に階級証が付いた制服に身を包み、ベルトを締め、左腰に刀を拵える。

途中鏡を覗くと髪が伸びた気もするが、岡崎少佐は「お前は特別に長髪でもいい」と言っていたのを思い出し深く制帽をかぶる。身だしなみを確認し、足早に指揮所へと向かう。


司令室では、司令は待っていたと言わんばかりに席を立つ。そして名前を言う瞬間 ブオォと風が音を立て俺の声をさらう。


「すまんな。少尉。窓を開けていた。岡崎少佐から話は聞いている。ゆっくり休め。下がってよし。」

そう言うと司令は再び椅子に座り右手に持ったタバコを再び口にくわえる。


「失礼します」


俺はそれだけを言い残すと扉をゆっくり閉め正門のほうへと向かう。恐らく新しい作戦が近いうちに来る気を紛らわすため途中駆け足で正門へと向かう。門兵に敬礼を行い、飛行場から出た。


懐かしい友との再会に心を躍らせながら―







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