出会イ刹那ニ

 「驚いたな....」


隣に立ち尽くす翔が 小さく呟く。

透き通るような純白の肌に薄浅葱の瞳そして、膝程もある濡烏色の髪を風になびかせ彼女が振り返る。


俺は瞬間に言葉に詰まる。

彼女は人形のように美しく、年行かない少女がこのようなところに居たとは。しかしそれ以上に、俺たちとは何かが違う。そのような言葉ふと頭をよぎる。


「ああ。全くだ」


俺は、翔にそう語りかけ、俺は彼女のほうに目を移す。

彼女は竹箒を両手で持ったまま俺たち二人を見る。そして俺たちの瞳を見たまま


「ここに遊びに来た訳ではないだろう?何もないがお茶くらいは出せるはずだ。」


そう言い残すと社の方に踵を返す。

下駄の音だけが聞こえる中、黙っていた翔が呟く。


「まさか、まさかな。」


小さく呟いた翔はどこか自分に言い聞かせるような物言いで何度も呟く。

俺もきっと彼と同じだろう。

先ほどから、心臓の呼吸が激しくなる。これはきっと彼女に一目惚れなどとは違う締め付けられるような、苦痛のようなものに感じる。

額に大粒の汗が流れる。時は春、決して熱くはないこの季節、これほどの汗は空戦のときくらいにしか流れないはずだ。


「とりあえず行こう」と翔は歩を社の方に進む。後を追うように急いで彼の後を追う。ふと彼女が振り返った瞬間を思い出した。


長い黒髪を靡かせ彼女は振り返った。空の色ともいえる薄浅葱の瞳は、辺りに舞う櫻のせいかも知れない。しかし、翔は気付くてないかもしれないが、間違いなく彼女は瞳に涙を溜めていた。

その揺れている瞳に俺は全てを見透かされている様な気がして一種の恐怖のようなものを覚えたのかもしれない。


あの時と同じように。



「1928年7月」


蝉が激しく鳴く夏


「おーい!ムー!坂口の兄ちゃんが帰ってきたぞー!」


手を振る坊主の少年が手を振る。

僕は、両手に持っていた手製の釣竿を勢いよく話すと少年が手を振る場所へと駆け足で向かう。


「坂口の兄ちゃんか?」


坂口の兄ちゃん。地元では唯一の頼れる兄のような存在で勉強はもちろん、僕たちの遊びに付き合ってくれたりした。どんな事も話せる兄ちゃん。

そんな兄ちゃんが2年前海軍を受けたとこの小さい村では話題になった。

駅まで僕たち数人で見送り頭を撫でてくれた事は、今でもはっきりと覚えている。


「あ、来た!」


数名の友達が駅のからやってくる、を来た男が、熱で揺らめく視界の中手を振って歩いてくる。


僕たちは、彼の元へ走る。「迎えに来てくれたのか!」うれしそうに顔を歪ませながら、僕たちの頭に手を置く。


「翔、元、ムー、俊夫、寛、ありがとう。こんな暑い中迎えてくれて。」


僕たちは、本当の兄のように慕っていた彼が帰ってきたことがとてもうれしかった。

友人の一人、斉藤俊夫が兄の顔を見上げながら、


「全然暑くないよ!」


と元気に声を出す。僕たちも頷くと「そうか!」と笑いながら、家まで歩き出す。

歩き出してどれくらい立つのだろうか。額に落ちる大粒の汗を腕で拭いながら僕は歩を進める。その時、兄の背中の向こう側に異変を感じた。元は気のせいだろうと、気付かないふりをしていたが僕は顔だけを後ろに向けると。

僕より小さい女の子が付いて来ていた。


兄も異変に気付いたらしく女の子の方に近づくと膝を曲げ彼女に何かを話す。

しばらくして、兄がこちらの方に歩み寄り僕に優しく声をかけた。


「ムー。君が彼女を誘ってあげなさい。」


僕は、こくこくと頷き彼女の前に立つ。

彼女は西洋の服を身にまとい、白い肌、美しい黒髪を持っていることでこの小さい村では有名だった。

僕たちは、薄汚れたシャツにズボンが当たり前だが、年以上の美しさ、いや、かわいさは、きっと僕たちが手の届かない人だと改めて知ることになった。

彼女の名前は、櫻井美櫻。たしか僕より5個ほど幼い少女。絵に描いたような美少女としても有名で、村長の孫だ。

その村長、代々武家の出身で少し山の上の方にある家にすんでいて、美櫻の父も海軍の幹部をしているらしい。

僕たちとは住む世界が違ういわゆる「天の人」であった彼女を見たものは少なく事の時初めて僕は彼女と出会った。


「ムー! おい!ムー!」



遠くから声が聞こえ、視界が歪む。

はっと気が付くと俺と翔はお社の前に付いていた。どうやら随分昔のことを思い出していたみたいだ。俺達が幼いころを。

俺は「すまん」と謝ると、翔は呆れ顔をして溜息を付く。


「今、巫女さんはお茶を準備しているみたいだ。それにしてもお前何ボケッと考えていたんだ?」


俺は横に並んで立つ翔に「まあ」とだけ返事をすると勘繰るようにして。翔は口を挟む。その言葉は先ほどと違い、過去を振り返させぬような声で


「過去は・・・もう帰れんぞ。」


その声は決心にも似た覚悟から来た言葉なのかも知れない。おれは「分かってる」とだけいい、再び顔を落とす。

するとお社の裏から足音が聞こえ顔を上げると巫女の少女がお茶を準備していた。


「座りなさい」


彼女の鈴のような透き通った声が体の芯まで届く。か細い体とは裏腹に彼女の声は有無を結わせぬような気持ちにさせる。

翔もそう思ったのだろう。「失礼します」と頭を下げると向拝に腰を下ろす。

若干気も引ける気もするが、巫女に問うと「かまわない」との事だった。

巫女が決定することなのかと不思議に思ったが、心で「申し訳ありません」と唱えつつ、腰を下ろす。

しばらくして、彼女が口を開く。


「よく来てくれた。感謝するぞ。君たちはただ茶を飲みに来たわけではなかろう?」


そう言うと彼女は手に持った 白の長い紙が付いた棒、幣(ぬき)を両手に持つと其れを優しく振りながら祝詞を口ずさむ。

彼女は淡々と祝詞を述べ幣の紙のこすれる音だけが後ろから聞こえる。

しばらくし、祝詞を言い終えると、今度は翔が座る後ろに彼女が立つ。そして再び同じ祝詞を淡々と述べると再びサッサと幣が振られる音だけが耳に入る。

翔は、瞳を閉じたまま、何か考え込むような顔を覗かせた気がするが、「終わったぞ」と巫女が言うと、翔は先ほどの顔に戻る。


「さて、君たちは、何が見たい?」


表情ひとつ変えない巫女に若干無機質な感じもしたが、俺はふと自分の未来が見たいとは思わなかった。

俺は、「私の未来を」と聞くと


「分かった。」


とだけ言い彼女は目を閉じる。


「君は・・・数多の鳥の羽を奪い、君もまたその罪を嘆いているはずだ。君は並々ならぬ思いを此の碧空に託したはずだ。折れた翼は再び生え、空の色を見る。そして明日、君の空は何色に見える?」


俺は意味が分からなかった。恐らくは俺が米兵を落とし、その罪に嘆いているとだけ分かった。後半の方は全くわからず、俺は適当に相槌を打つ。

しかし、彼女は俺の遠く忘れていたものを思い出させてくれたような気がする。


彼女はしばらくすると翔の方へ歩を進め、翔けるが知りたい未来を語る。


「君の待ち人は・・・すでに生れ落ち、近日中に姿を現す。日を改め卯月の19日、酉刻頃、再び此処を訪れるが良い。」


瞬間翔は「そうですか!」と言いながら笑顔を見せる。彼女の方も口元を緩めているのがわかる。が、その顔はその先を見ているようにも見えた。

彼女の笑顔は、恐ろしく見えた気もした。


そう考えた俺は急にのどが渇き、右側に置かれた湯飲みを右手に持ち、その湯のみを口に付け一気に仰ぐ。


「はぁぁ・・・」


先ほどから息が絶え絶えな俺はその後の翔と彼女の話を聞くことが出来なかった。

湯飲みを先ほどまであった空間へ置き、翔の方へ向く


「良さそうだったな。」


俺が語りかけると笑顔でくしゃくしゃになった顔で

「本当だな!未来が見えるって噂は!」

と返事を返してくる。俺がそのうわさを広めたわけではないのだが。と思いながら、再び茶をすする。

すると、巫女が口を開く。


「君たちは・・・野口正也少尉と本田一二三少尉は知らぬか?」


そう俺たち2人を交互に見つめながら話を進める。


「本日出撃と言うことでな。昨日出撃の戦果を観て欲しいとの事だったのだが・・・」


その瞬間俺は顔色を変える。

背中には氷がすべるような冷たい汗が流れ額にも気付かずして大粒の汗が再び流れる。

俺が言うか言うまいか迷っていると先に隣に座る翔が口を開く。


「野口と・・・本田が・・・来てたんですか?」


巫女は深く頷くと翔に「二人の知り合いか?」とだけ尋ねてくる。

翔は驚いた表情を隠せぬまま、「大学時代の同期です」と話を進める。


野口、本田。同じ大学の同期である彼らが出撃した今日は、俺も出撃したはずだ。恐らく俺の所属する部隊には2人は居ない。

そこで更に凍りつく。

「攻撃前記、未帰還!」

岡崎隊長が報告の際伝えた言葉。その言葉が頭を駆け巡る。


「巫女さん。すみませんが、巫女さんが見たものは・・・」


俺は恐る恐る尋ねると彼女はゆっくりと口を開く。


「親鳥の下、寄り添う雛鳥だ。」


間違いない。親鳥―先ほど俺の未来を見たときに飛行機とは言わず、羽と言った。

親鳥と言えば、今日の作戦での護衛対象、一式陸上攻撃機、そして其れに寄り添う雛鳥とは、その下に抱えているものとは・・・


「特別攻撃機 桜花」


恐ろしくなった。

今日の護衛対象は、俺たちのかつての友人。

その友人を死から死を守ることになるとは、俺も考えていなかった。

落とされる瞬間を見たわけではない。ただ、そう考えると俺は生きていても良いのかと考えた。


「野口、本田は、落とされました。」


歯軋りする気持ちを抑えつつ。俺はゆっくり彼女に話す。


「俺が・・・私が付いていながら・・・落とされました。」


彼女は顔は無表情のまま明らかに肩を落とし「そうか・・・」と呟く。

すると今度は俺の方を彼女は見て口を開く。


「君の・・・事だったのだな。」


俺は、「は?」と気の抜けた声を上げるが、彼女は淡々と話を進める。


「昨日、二人が、嘗ての友人が我々を守ってくれると言っててな。君のことだったようだな。」


そう言うと再び巫女は肩を落とす。その瞳は澄んでいるが故、きっと穢れを知らぬ瞳なのかもしれない。その肩を落とす姿は、巫女、神の使いとは違う1人の少女としての側面を見た気がした。


「俺は・・・生きてても良いのか?」

そう心の中で自問自答を繰り返すが答えはその時は出なかった。

すると、神社の裏から小走りで走ってくる数人の足音が聞こえた。―

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