第13話 水中幻想戦

 「あほが、水にはまりよった……」

 派手に水しぶきを上げた悠鷹を眺めて、氷室が、あきれたようにつぶやく。川で泳いでいるのだから、水にはまるのは当たり前であるが、この場合は「岩場から脚を滑らせた」の意である。

 また、すぐに上がってくるだろうと、氷室はぼんやり考えていた。


 悠鷹の遠のいた意識が、一瞬の夢に変わる。

 足を滑らせて水中に落ちた瞬間、視界が暗転した。深い深い水の底へと、彼は落ちてゆく。いけない、と思って水を蹴るが、体は浮かび上がろうとしない。

 おかしいと思って手足を見ると、何か、繊細な触手のようなものが無数にまとわりついている。二、三度、手足をばたつかせてみるが、まるで蜘蛛の網にからまれた羽虫のようなもので、身動きひとつできない。全身の筋肉が、緩んでいく。

 絶望の二文字が、暗い眼前に浮かんだ。


 「いかん……」

 幻たちの流れが、大きく揺らいでいた。何かが起こったことを、陽介は感じた。周囲のぼんやりとした光は、次第に薄い闇へと変わっていく。それに従って、陽介の目に映るものは、はっきりとした形をとりはじめる。

 やがて、そこには、繊毛に捕らわれた悠鷹の姿が現れた。

 「水剣(みつるぎ)を」

 いつのまにか、陽介は一本の剣を手に、悠鷹のそばに佇んでいる。冷たい銀光が、縦横に閃く。


 ふわりと上昇する感覚に、悠鷹は気づいた。周囲はぼんやりと明るくなり、かすかな水の流れが肌に触れる。いやらしい触手の感覚はすでになく、かわりに、白くたおやかな腕が、背中から彼を抱えていた。

 やわらかい乳房の感触に、何やらほっとして、その腕に身を委ねる。長い髪が、二人を包むように揺らめいているのに気づく。

 (女……?)

 頭上の光を見上げると、彼を見下ろす少女の顔があった。

 絵梨佳に似ている、と思った。

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