第9話 いったい何者? この弟!

 「お姉ちゃん、その人は誰?」

 帰り道に寄った神社の石段を再び登りきったところで、聞きなれた声がする。闇の中へと目を凝らすと、歩み寄ってきたのは、陽介である。

 「子供は家に帰んなさいよ」

 「お姉ちゃんと1つしか違わないよ」

 間髪入れずに、口答えが帰ってきた。

 「屁理屈言ってないで……」

 「その人は誰?」

 「関係ないでしょう?」

 「誰!」

 地の底から轟くような声が、ぼんやりと浮かぶ小柄な影から発せられて、冴は思わずたじろいだ。

 「誰って……陸上部の……」

 キャプテン、と言いかけて、ちょっと口ごもった。

 あれ……あたしじゃなかったっけ……キャプテンって……


 「お姉ちゃん! 離れて!」

 陽介の、元の甲高い声で、冴は我に帰った。雲が晴れたのか、神社の境内が明るく照らし出された。

 月明かりに、真っ青な陽介の姿が浮かんでいる。満月に高々と片手をかざした、小柄な長髪の影である。

 ゆっくりと、手刀が振り下ろされる。

 隣にいた「先輩」の気配がないのに気づいてそちらを見れば、そこには青い闇があるばかりである。

 「夜刀やと……」

 陽介のつぶやきを乗せて、涼やかな一陣の風が、鼻先を吹き抜ける。春の香りがした。


 「恥ずかしいから、降ろしてよ!」

 「腰が抜けてるんやろ! 無理すな!」

 満月の光の中で、3人の影が家路を急ぐ。

 冴をおぶっているのは、玲瓏叔父である。冴が腰砕けとなっところに、慌てて駆けつけたのである。

 「何があったんや。」

 「分かんない」

 「わからへんことあるかい!」

 それきり、冴が押し黙ってしまったので、叔父は陽介に聞いた。陽介は、にかっと笑ったきり、先へたったと走っていってしまう。叔父はなにやらぶつくさ言っていたが、何かに気づいたように立ち止まった。

 「どうしたの?」

 「いや……陽介……但馬……? まさかな……」

 再び歩き始めた叔父は、再び口を開くことはなかった。


 夜遅くまで待っていた父母に、冴と陽介はこっぴどく叱られた。とくに玲瓏叔父は、二人を連れ出したということで、兄にあたる冴の父によって、別に絞られたようである。


 その晩、冴は眠れなかった。

 あれは、一体なんだったのだろう? 陽介は何をしたのか? それとも、何もしなかったのか?

 叔父は、何に思い当たったのだろう? 「但馬」って何? 誰……?


 何にせよ、この夜更かしが、冴の全力疾走の原因となったのは間違いない。

 陽介! 叔父さん! 許さないから!

 冴が校門を駆け抜けた直後、予鈴が1日の始まりを告げた。

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