第8話 初めての恋へのエスケープ

 「あ~、もう、恥ずかしい!」

 すっかり暗くなった帰り道で、冴は、叔父の氷室玲瓏に悪態をつきつづけていた。

 「なによ、偉そうにお説教? あたし、明日どんな顔して先輩に会えばいいの?」

 「中学生の分際で、夜の逢引いうのは10年早いちゅうねん!」

 荒い語調で、叔父は言い切った。

 「なによ、30にもなってまだ独身で、毎日スチャラカ社員やってるくせに。」

 「関係ないやろ!」

 「あるわよ! じゃ、何、10年経ったら、いいわけね?」

 「24にもなって相手がいてへんかったら、俺が紹介したる。」

 「叔父さんのじゃ、信用できない。」

 中学生にあるまじきマセた発言と、非常に大人気ない反論の応酬は、氷室家の玄関まで続いた。

 

 「陽介君、えらい大きいなったなあ」

 居間で食後のコーヒーを飲みながら、玲瓏叔父は陽介の頭を撫でる。

 「俺が高校卒業する年に生まれたんやんか。俺、18でオジさんになってしもうたがな」

 陽介は照れたように、うつむいて笑う。

 「ところで、冴ちゃんは?」

 「お部屋。」

 陽介は、答えるなり、ふいと立ち上がって出て行った。トイレだろうと思って気にも止めなかったが、別のことが引っかかった。

 食事のあと、部屋にこもって出てこない……?

 玄関に行ってみると、案の定、冴の靴はなかった。


 「今、行きます……」

 聞こえるか分からないくらいの小声で窓の外に呼びかけて、冴は2階から路地へひらりと飛び降りる。

 待っているのは、先輩だ。

 夕食前、宿題をやっている最中に、窓がこつんと鳴ったので外を見てみると、あのたくましい影が見えた。玄関からこっそり靴を持ち出して、階下の様子を伺い、頃合を見計らってエスケープを試みたのである。

 抱き起こしてくれる太い腕にしがみつく。生まれてはじめての恋と冒険であった。

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