第12話
そうは言っても、確たる証拠がない。
会社に訴え出た所で、自意識過剰と笑われるのがオチだ。
男は考えた。
週明けのお決まりだったスィーツの差し入れも
ここ数週間、プツリと途絶えている。
なるべく関わらず放っておけば、その内こんな馬鹿げた
――不毛な行為にも飽きるのではないだろうか?
その数日後、余りにも楽観的観測だったと思い知らされる事になる。
3連休の初日。娘にせがまれ、郊外にオープンした遊園地へ出掛けた帰り道。
はしゃぎすぎて、後部座席でぐっすりと眠り込む娘に目を向けながら
妻が言った。
「ねぇ、あなた。今日遊園地に変な女の人がいなかった?」
「変て?どんな?」
男は左にハンドルを切りながら問い返す。
妻は暫く考え込み、やがて声を潜めるように答えた。
「とても…とても、ふくよかな
男は思わず急ブレーキを踏みそうになるのを必死で堪えると、
「へっ…へぇ…気付かなかったな」
「…そう?私の気のせいだったのかしら?」
それ以上妻は何も言わなかったが…
男は、足元からじわじわと這い上がって来る恐怖に総毛だった。
連休明けから、男は不自然なくらい女を避けた。
会社帰りには何処にも立ち寄らず、真っ直ぐ家へと帰る。
その甲斐あってか、社外で女と遭遇する事は無くなった。
ほっと胸を撫で下ろしたのも束の間――――今度はこのメールだ。
いい加減にしろ!
男の恐怖は怒りに変わった。
もう我慢の限界だ。明日出社したら一番に人事へ相談に行こう。
そう決意した男は乱暴にメール画面を閉じると、携帯を鞄に放り込んだ。
男は深く息を吐くと、視線を上げた。
赤信号が点滅し始める。
今日は折角の記念日だ。あんな女の事は忘れよう。
軽く頭を振ると、ポケットに手を当てた。固い感触が指先に伝わる。
今日は10周年目の結婚記念日。
雀の涙ほどの小遣いを密かに積み立て、買い求めたスィート10
ダイヤモンドが入っている。
妻の、驚き喜ぶ顔が目に浮かび、つい口元が緩んだ。
そうだ、この先に花屋があった筈…妻の好きな薔薇の花も添えて渡そう。
―――――少し気障かな…
信号が青に変わった瞬間、緊急車両がサイレンを響かせ走り去って行った。
男はそれを見送ると、足早に横断歩道を渡り始めた。
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