第2話

恋人と出逢ったのは4カ月前。

年明けの人事異動で、女の直属上司となった。

歳は一つ下。

着任の挨拶をする彼を見て、黒縁メガネの奥のつぶらな瞳が

子犬のようだと思った。


初めてまともに言葉を交わしたのは、歓迎会の席。

特に仲の良い同僚もいない女は、ただ黙々とテーブルの上に

並べられた料理を口に運んでいた。

瓶ビールを片手に隣へやってきた彼は、烏龍茶の入ったコップを見ると

「あれ、呑んでないの?」

と親し気に話し掛けてきた。

「…お酒は苦手なので」

素っ気なく答えると、いきなり耳元に唇を寄せ小声で囁いた。

「実は…僕もなんだ」

驚いて顔を上げると、いたずらっ子のような表情を浮かべ

「どっちかって言うと甘党。

 スイーツ男子――いや、スイーツおやじか」

そう言ってカラカラと笑う。

「あ、あの…『Fleur』って洋菓子店、ご存じですか?」

唐突な女の問いに訝るでもなく、即座に答えてくれた。

「え――確か最近、宇治抹茶のシュークリームで話題になった?」

「そうです!」

小さな”街の洋菓子店”だが、グルメ雑誌に取り上げられてから一気に

人気に火が付き、今では連日大行列が出来ている。

「行ってみたいとは思ってるんだけどね…まだなんだよ。

 あ、もしかして行ったの?」

「はい。家が近所なので」

「そっか。羨ましいな。じゃあ、『MOON SHINE』は?」

「町屋シェフのお店ですよね。勿論行きました」


同僚たちは、楽し気にスイーツ談義に花を咲かせるふたりを遠巻きに見守った。

入社2年目の女子社員が、女がしゃべるところを初めて見たと目を丸くしていた。


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