最期の贈り物

一ノ瀬 愛結

第1話

凍てつくような濃い闇の中。

少年はじっと待っていた。

不意に重苦しい空気が動く。

やっと来たか―――――

少年の唇に艶やかな微笑みが浮かぶ。

長めの前髪をうるさそうに払うと、一歩

歩を進めた。

闇の中にぼんやりと浮かび上がる人影。

「お待ちしてましたよ」

澄んだソプラノボイスに、シルエットが

びくりと揺れた。

「ごめんなさい。嚇かしちゃって」

少年は目の前に現れた女に、頭を下げた。

女は訳が分からないといった顔で、忙しなく辺りを

見回し、小さく呟く。

「ここは一体…私は待ち合わせ場所に向かう途中で…」

キリキリと痛むこめかみを押さえながら、記憶を辿った。


女は恋人との待ち合わせ場所へと急いでいた。

恋人は女の会社の上司。

妻も子もいる―――所謂不倫の関係だ。

まさか、自分がそんなふしだらな恋愛に身を投じる事になるとは…

今振り返ってみても不思議でならない。

やはり、運命なのだろうか?

女には40代目前まで『恋人』どころか『男友達』すらいなかった。

その理由については自分なりの答えを持っていた。

顔の造りはそれほど悪くはない方だと思う。

笑うと両頬にできるエクボは、とても愛らしいチャームポイントだ。

ただ、幼いころから”関取”などという不本意なあだ名で呼ばれ続けた

この体型がいけないのだと…

これでも若い頃は、話題になったダイエットを片っ端から試した事もあった。

が、どれも思った程の効果はなく、歳と共に情熱も失われていった。

同じ事が繰り返される、単調な灰色の毎日。


―――――そんな時女の日常に、鮮やかないろどりを与えてくれたのが彼だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る