うっかりなあいつと振り回される俺
風希理帆
うっかりなあいつと振り回される俺
「おい美雨、何してんだよ!」
どんどんと窓を叩くけど、部屋の中は静まりかえったままだ。ったく、何で朝から人んちのベランダで、こんなことしなくちゃいけないんだよ。散歩してる爺さんが、下から笑いながら見てるし!
「早くしろよ! お前はいつもいつも」
そう言いかけた時、目の前のカーテンがさっと開いた。
「ごめん晴太! 今起きた!」
部屋の中でそう言った美雨は――上半身に何も身に着けていなかった。思考が一旦停止して、
「うわあああ!! おおっお前っ、何て格好してっ」
「え……キャ――ッ‼」
とっさに目を覆うと、美雨の悲鳴が窓ガラスを震わせた。
「本当にごめん! 昨日暑くて!」
「そういう問題じゃねえだろ! 何で服着てないままカーテン開けんだよ! 早く着替えろ!」
必死にまくしたてると、「う、うん!」と返事が帰ってくる。ベランダの手すりに手をかけて、俺はがっくりとうなだれた。
三歳の時、隣に引っ越してきた美雨は、ギネス級のうっかり者だった。鞄を忘れる、通学路とは反対の道を行く、授業開始時間を間違える……これまでやらかしたことは数えきれない。俺がベランダに渡って起こしてやった回数もだ。
でもな、俺ら今日から高校生だぞ? いつまでお前の面倒を見ないといけないんだよ。特にさっきみたいなことがあったら、色んな意味で耐えらんねえって! 叫びたい気持ちをこらえながら、貧乏ゆすりをして待っていると、
「晴太、終わったよ!」
弾んだ声が聞こえて、後ろを振り返る。部屋の中央に、新しい制服に身を包んだ美雨が立っていた。けっこう似合ってるけど、それと待たせたこととは別の話だ。無邪気に美雨は、「楽しみだね、高校生活」と笑いかけてくる。
「高校でも、お前に振り回されるのはごめんだぞ。いい加減しっかりしろよ」
きっぱり言うと、美雨がしゅんとうなだれた。もう甘やかさないって決めたからな。あえて厳しい顔をしていると、「そうだよね」と美雨が呟く。
「小さい頃から、晴太には本当に迷惑かけてばかりだし……。分かった、私、高校から変わる! 絶対変わってみせる!」
本当かと訝しがる俺の前で、美雨が通学鞄を開けた。「財布入れた、携帯入れた」と言いながら、一つづつ指差しチェックをしている。そうそう、そうやって確認するって教えたよな。全て終わると美雨は、「灯りは消した」と部屋のチェックを始めた。
「エアコン消した。スタンドライト消した。パソコンの電源切った。ベランダ閉めた」
うん、電気系統のチェックは大切だよな。それにベランダも……ベランダ?
「お、おい美雨!」
目の前でカーテンが閉まり、カチンと鍵音がしたときにはもう遅かった。
「鞄は持った。よしオッケー! 行ってきまーす!」
「ちょ……待てええええ!!」
俺の叫びもむなしく、美雨は元気いっぱいに部屋を出ていった……と思われる。つまり俺はベランダに軟禁されたのだ。チェックのことだけ考えていた美雨は、カーテンの死角に立っていた俺の存在を忘れた。
さらに運の悪いことに、俺んち側のベランダは、先に出かけた母さんによって閉められていた。何とか携帯で美雨を呼び戻したけど、二人して入学式には遅刻。おかげで同級生達には悪い意味で顔を覚えられてしまった。
本当に楽しみだな、高校生活……。
うっかりなあいつと振り回される俺 風希理帆 @381kaho
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