かぐや姫は終電を逃して月に帰れないようです。

ゆずみかん。

プロローグ――月の石を売る少女

――0


「月の石は要りませんか?? 今ならなんと、おひとつ150ムーン。お買い得ですよ~~」


 月夜の眩しい満月の夜――僕は出会った。


「なんとこの月の石! かの有名な餅つきウサギの兄弟のサイン付き!! この機会を逃す手はないと思いますぅ~」


 黒く艶のある長い髪。

 きめ細やかな白い肌。

 

 少し太めの整った眉に、薄紅色の唇。

 ぱっちり二重の大きくて丸いその双眸。


「あの…………僕……買います……」


「あらっ!! いいのですか……?」


 初めて彼女に出会ったその時――彼女はとても鮮やかな着物を着て、駅の改札口でなにやら石を売りさばいていた。


「ひとつ。欲しい」


「はいっ!! おひとつ150ムーンになります!!」


 聞きなれない単位だった。

 150ムーン。


 ムーンと言えば、英語のムーンだろうか。


 それならば、直訳でそれは『月』を表す。


「あぁ、150ムーンね……」


 着物姿の彼女に、ムーン――月という言葉は、なんだかある物語を連想させた。


「はいっ! 150ムーン。お持ちなんですね?」


 

 かぐや姫――それは日本最古の物語で有名な、竹取物語の登場人物だ。


 幼い頃に何度も聞いたおとぎ話。


 その物語は、おじいさんが金色に光る小さな少女と出会う所から始まるのだ。

 そしておじいさんは、竹から出てきたそのミニミニ少女を家に持ち帰り、かぐや姫と名付けて大切に育てた。


 詳しい部分は省略してしまうが、最終的にかぐや姫は月に帰ってしまう。

 正確に言えば、月からの使者が迎えにきたのだけれど、同じことだろう。


「ふふっ、月に帰るお駄賃にでもするのかな?」


 ムーンという単位、そしてその少女が売っている月の石だという数々の白い石ころ。そして纏っている着物が、なんともそのかぐや姫を連想させるものだから、思わず僕は少女にそんな冗談を言った。


 しかし、対する少女はと言うと。


「なんとっ?! 月の世界のことをご存知で?!」


「……えっ…………あれ…………」


 もともと丸い目をさらに丸くして、少女はそんなことを言ったのだった。


「実は、かぐやは……月に帰れなくなってしまったのです……」


 続いて、そんな訳のわからないことまで。


 しかし、少女は至って真剣だった。

 まるで、それを、本心から言っているようだった。


 なので、大学一年生になったばかりの僕としては、大人の余裕というか、小さな女の子の可愛らしい妄想に付き合ってあげるぐらいの、それぐらいの懐の広さを見せてやることにしたのだ。


「そうかいそうかい。ということは、今はまた月に帰るために、お金……ムーン稼ぎをしているってわけだね」


「そうなんですよっ!! いやぁ、流石に地球人は理解が早い!! 素敵です!!」


 そう言って、少女は僕の手を興奮した様子で握った。

 その時、少女の背中から小さな黄金色の輝きが見えたような気がしたが、きっとそれは車のライトの光か何かだろう。

 って、ここは駅の改札だぞ。

 きっと何かの見間違えだ。疲れているのだろう。やばいやばい。


「月人は馬鹿ばかりですからね!! 月のクレーターの数を数える仕事も碌に出来ない使えない奴ばかりで……もう嫌になります!!」


「ははっ……それは大変だね……」


 なんだか、ただの妄想にしては設定が微妙だと思った。


 かぐや姫に成りきるのなら、もっとこう……月の使者が迎えに来るとか、長生きの

薬をお礼に与えますとか、そういうのだろうに。


 月のクレーターの数を数える仕事って、なんだそれは。 

 需要はあるのか。

 

 っと、いかんいかん。

 いつまでも妄想に付き合っている場合でもない。

 そろそろ終電の時間なのだ。このままでは、終電を逃してしまう。


「えっと……そろそろ……いいかな……150円でいいんだよね?」


「いえっ、150ムーンです」


「あっ……そっかそっか。150ムーンね……はいはい……」


 言って僕は、財布から150円を取り出し、少女の手に握らせた。


 そして、少女の足元に転がる白い石をひとつ手に取り、足早に改札の方へと向かおうとした……その時。


「おいっ、なにしてんの。お前」


 瞬間――さっきまで軽い石だったはずのそれが、まるで巨岩のような重さへと瞬時に変わってしまったのだった。

 プラス、背後に佇む少女の様子も、かなり変貌していたようである。


「こんな小銭でかぐやの大事なサインストーンを持ち逃げするなんて、とんだ子悪党がいたもんですねぇ」


 身動きが取れなくなる程の重さに変わった石を、なんとか駅の床に置いている間に、少女はゆっくりとこちらに迫っていた。


 そして、今度はハッキリと見えた。

 

 少女は放っていたのだ。

 全身から、眩い程の金色を。


「月の姫として、許してはおけませんねぇ。お兄さん。責任、取って貰いますから」


 眩い黄金のおかげで、少女のその表情は陰になってしまっていて、表情を伺うことは出来ずにいた。

 けれど、少女はその時――きっと笑っていたのだと思う。


 だって――


「計画……通り……」


 そんな、どこかで聞いたことのある台詞を吐いたのだから。

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