エピローグ:物語を始めましょう

「お向かい、よろしいですか?」

「えっ…………?」


 都内からやや外れた場所にある、この喫茶店で、私は偶然にも以前からもう一度お会いしたいと思っていた方を見つけました。


「このお店、隠れ家みたいでいいですよね。ね、湖上先生? いえ、美鶴さんとお呼びしたほうがよろしいでしょうか?」

「……どちらでも構いません」

「左様ですか。では、美鶴さんと呼ばせていただきますね」


 反応が若干鈍いですが、私のことを警戒しているのでしょう。当然と言えば当然です。私が逆の立場でもそうしますね。


 私が今いるお店は、住宅地の雑木林の中にあります。ケーキ屋さんと喫茶店が併設されていまして、おいしいコーヒーと甘みが楽しめるんです。私のねぐらからは少々遠いですが、それでもバスで15分かけて足を運ぶだけの価値はあります。


キルシュブリーテ桜ロールケーキ2つ。それとモカを」

「かしこまりました」

「2つ……?」

「お飲み物しか頼んでいないようでしたので。せっかくですからケーキ一つ奢らせてください」

「ええっと……ありがとうございます。ちょっと気分転換に立ち寄っただけでしたので」

「いいのですよ。私の我儘ですから」


 恐縮する美鶴さんに、私は「気にしないでください」と手振りしました。


「実はこう言っては何ですが、私もあなたともう一度会ってみたいと思っていまして」

「あら、そうだったのですか?」


 これは意外ですね。まさか美鶴さんのほうから、会いたいなんて言っていただけるなんて。彼女のような有名人であれば、飽きるくらい知らない人と顔合わせをするのでしょう。いったい何が彼女の琴線に触れたのでしょうか?


「以前……『もみのき商店街』のお茶屋さんで、お目にかかりましたよね」

「覚えておりますわ。今でも思い出すと、笑ってしまいますが」

「私もなんです。あなたが……その」

「あ、そうそう、名乗っていませんでしたね。私、竜舞奏と申します」

「奏さん……ですね。奏さんが、ぜんざいを食べている姿が、とても幸せそうに見えまして、その…………私もつい味が気になってしまって」

「私も全く同じでした」


 あまりの愉快さに、私たち二人は大いに笑いました。

 こんなにおかしいことがこの世にあるでしょうか?

 そして、コロコロ笑う美鶴さんのかわいらしいこと……

 きっと私も、こんな顔で笑っているのでしょう。


「それとですね、あの後美鶴さんの本、二冊とも読んでみましたよ」

「まだまだ未熟ですが……」

「いえいえ。読んでいるうちに、なんといいますか、じわじわこみ上げてくるものがあるんです。そして、読み終わったときになって初めて思うのです……ああ、もっと読みたい、と」

「な、なんだか奏さんに面と向かって言われると、ちょっと恥ずかしいですね。そういう奏さんは…………前に見た時と、ちょっと変わりました? なんだか、重い荷物を下ろしたみたいな、すがすがしい雰囲気が出てます」


 さすがは文学賞最年少受賞者だけありますね。自分でもわからない、些細な変化を読み取るとは。


「ふふ、ちょっとおいたする人を懲らしめただけです」

「まさか先日のO女子大の……」

「さあどうでしょう? それに、庭のイチゴが実りましたし、温泉も湧きましたし♪」

「温泉が湧くって何事ですか!?」

「よろしければ今度ご招待しますね」


 そういって、私はメモ帳にペンを走らせまして、自宅の住所と電話番号、それにメールアドレスを書いて渡しました。


「私は基本的に家か大学にいますから。ご興味がありましたら、いつでもどうぞ」

「『木竜館』ですか、不思議な響きですね」

「もともとからこういう名前でしたが、わたしが竜舞ですので、実にピッタリでしょう?」

「確かに。私はちょっと家は教えられませんが、よろしければこれ、メールアドレスです。あまりすぐには返信できないかもしれませんが、気が向いたらお話してください」


 美鶴さんからもメールアドレスをもらってしまいました!

 きっと、大事に取っておけば、将来鑑定番組に出せるかもしれませんね♪


「鑑定番組に出せるかどうかは、私の活躍次第ですが」

「あら、バレましたか」


 また二人で、一頻り笑います。


「奏さんは―――――」


 ふと、美鶴さんが陰りのある声で尋ねてきました。


「私のこと、変わっているとか、生意気だとか、思わないんですか?」

「どうしてです? 確かに、感性が独特だとは感じますが、それは私も同じですから。生意気なんて言いましたら、私のほうがよっぽどでしょうね」


 美鶴さんの気持ちは、多少わかる気がします。私と同様、彼女の土俵は自分よりも上の世代の人間ばかりです。大人たちから見れば、私たちの存在は、異質そのものでしょう。


「逆に美鶴さんは、私のこと、怖いと思いませんか?」

「怖い、ですか? いえ、とても見えませんが」

「では、最近噂の通り魔事件の元凶……それに数年前の航空機業界の大スキャンダル事件の引き金を引いたのが……私だとしたら、いかがですか?」


 美鶴さんは、何か思うところがあったのでしょう。はっと私の顔を見つめ、それから少し考えていました。


「それが本当かどうかは、私には見当もつきません。ですが、仮に本当だとしても、奏さんには奏さんの事情があるのでしょう。通り魔事件の被害者たちが、警察で一切証言しないのも、航空業界激震事件の関係者が見破られるまで嘘を吐き通したのも、自分たちの非が大きいからでしょうね」

「あら、てっきり「それはよくないこと」とおっしゃるかと思いましたが」

「私は捻くれてますから♪ 被害者に「復讐は何も生まない」と言い続けても、効果は殆ど無いでしょうし、言うだけで手を差し伸べることすらしない、無責任な偽善はむしろ逆効果でしょう」

「ふふふ、言いますね」

「今から甘いものが来ますから。口は存分辛くしたほうが、おいしく味わえるでしょう」

「これは一本取られました」


 そんな話をしているうちに、注文したキルシュブリーテが席に運ばれてきました。桜の木の丸太をイメージした、茶色とピンクのロールケーキです。

 期間限定で、今のうちにしか食べられない逸品です。私も女の子ですから、限定品という言葉に弱いのです……………食べ物限定ですが。


「では、いただきましょうか」

「これは……幸せがケーキの形をしています! 幸せで太りそうです!」

「美鶴さんはきっと脳で消化できますよ♪」

「そういう奏さんは筋肉ですか?」

「言ってくれますね」


 そんなことを言い合いながら、私たちはふわふわのロールケーキの甘さに酔いました。一人で食べるのも乙ですが、たまにはこうして、ほかの方と食べるのもいいものです。こうして、気心知れる相手と食べるのは、故郷で出会った見知らぬご婦人と会った時以来…………


 私の心にも、ようやく春が巡ってきたようです。

 さあ、明日からまた、物語を始めましょう―――――――




筆者あとがき:

 この度は、拙作をお読みいただき、誠にありがとうございます。

 こうして、各作家様とコラボレーションという名の交流を行うことができて、とてもいい経験になりました♪

 エピローグでは、第1話で一言も会話することがなかった冬木美鶴さんを再度登場させてみました。この二人の絡み、なんだか青春アドベンチャーみたいです。


 ではまた、皆様、次の作品でお会いしましょう


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かなでほん 南木 @sanbousoutyou-ju88

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