4月6日

 新年度になり、私は目出度く大学2年生になりました。

 私の通う女子大学では、この年のこの時期になりますと、部活動同好会などのグループが勧誘活動を開始します。桜舞うキャンパスは、勧誘しようと必死にアピールする学生たちで、ごった返していますね。


「テニスサークルどうですかっ! 初心者歓迎です!」

「茶道部に入って、女子力アップ目指しませんか!」

「対戦車道同好会でーす! カクテルの作り方、実演中!」


 そういう私は、どの組織にも属していませんが、今年は学部委員への所属が内定しています。表向きは委員の一人ですが、実際は各グループが人数の関係で困ったときの、お助け傭兵みたいな役割ですね。1年の頃から部費を払わない代わりに、助っ人としていろいろ掛け持ちをしていましたのが、正式活動化されるようです。

 学部委員も、何とか私の手綱を握っておきたいようです。そこまでしなくても、私は逃げたりしませんのに。


「あ、奏さん!」

「奏さん、今年こそ華道部に如何ですか! 奏さんのあの作品、今でも忘れられません!」

「申し訳ありません。私は今年から、学部委員への所属が決まりましたから」


 まあ、こうして勧誘されるのも、悪い気分ではありませんが、しがらみができるといろいろ面倒です。私には、着かず離れずの距離が、一番ちょうどいいのです。

 それに、この日は別の用事がありますので、あまりかまってあげられません。


「あら、このようなところに焼きそばの屋台ですか」


 なぜか、新歓ブースの一角に、鉄板で焼きそばを焼くグループがいるではありませんか。許可は取ってあるのでしょうか? つい気になって寄ってみました。


「焼きそば同好会です! そこのお姉さま、おひとついかがですか!」


 そんな同好会があるとは初耳です。焼きそばの具材にも、アサリなどの海鮮系が入っていて、拘りが伺えます。せっかくですので試しに一口頂きました。

 ソースは濃いですがしつこくなく、具が麺を、麺が具を互いに引き立てる、そのような絶妙なバランスがあって、いいですね。ただ、逆に言えば、何もここまで拘らなくてもとは思いますが。


「お昼によさそうですね。2ついただけないかしら」

「ありがとうございます!」


 私は焼きそば2パックを袋に入れてもらい、その足で集合場所に向かいました。




「おまたせしました、焼きそばしかありませんが、よろしいですか」

「なんで焼きそばなんだよ」

「焼きそば同好会の方に作っていただきました♪」

「この学校、見かけによらず、いろいろぶっ飛んでんのな」


 お目当ての人物は、すでに集合場所である、図書館脇の飲食スペースで待っていました。見た目は小さな男の子で、その気になれば、公共交通機関を、小学生料金で乗れそうな容姿をしています。しかしこう見えても彼は高校生です。伊達に名門私立の制服を被っていません。首にはきちんと関係者入館証を下げてますね。どんな手段を用いたのかは存じませんが、本物を用意するとは大したものです。


「で、依頼したモノも本物に間違いありませんね?」

「大丈夫。一つでも嘘が混じっていたら、焼き土下座でも何でもしてやるさ」


 大した自信です。まあ、嘘をついて彼に利益があるわけではないですからね。

 受け取った封筒にぎっしり詰まった資料を確認し、私は対価として小さくて地味な宝石箱を彼に差し出します。


「上司の方によろしくお伝えください」

「おーけー。言っておくよ。しかし、岩窟王さんよ、あれだけの人間を社会から退場させておいて、まだ足りないの?」


 私のことを岩窟王と呼ぶのは、私が高校生の時に仇敵にとどめをさしたことがネットで話題になり、つけられたあだ名だと聞いております。


「それと、今回の相手は別件ですから。あなたもそれはよく知っているでしょう?」

「それはそうだけど。そろそろどこかで区切りをつけないと、命がいくつあっても足りないんじゃないかな」

「ご忠告有難うございます。では、そろそろ次の予定がありますので」


 たとえ誰が何を言おうとも、私は私を貫きましょう。

 彼に「またよろしくおねがいします」と一言残し、その場を立ち去ろうとしましたが―――――


「次の予定までまだ4時間もあるじゃん。そんなに急がなくてもいいのに」


 私は一瞬足を止めました。

 「次の予定」のことは、彼には一言も話していないはずです。いえ、私以外は関係者以外知らないはずですのに。そのことについて、既に情報が流れているのです。これは一本取られましたね。


「もし気になるのでしたら、ぜひ見学にいらしてください。私はあくまで「準備」がありますので」


 私は振り向かずに、その言葉を残して、何事もなかったかのように立ち去ります。

 彼はどう動くのでしょうか。まあ、十中八九、見ているだけで終わると思いますが、もし万が一「相手方」に組し、私の邪魔をするとなれば…………


「岩窟王ね…………私にも、エデは現れるのでしょうか」


 次に向かう先は…………学校裏の記念池ですね。

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