第6話 rearrangement

 短い中断のあと、窓は再び開いた。そして中断の間に教師の表情が一変していた。苛立ちが激しい怒りを通り越して発火し、彼の挑戦を駆動したのだ。教師は、少年に向かって決意表明を始めた。


「なあ、功くん」

「うす」

「俺たちの体は、無数の細胞でできてるだろ?」

「うん」

「そいつは、死んだ端からどんどん新品と置き換わってる。俺たちはそうやって肉体を維持してるんだが、単純に細胞を入れ替えるだけではうまく行かないんだ」

「なんで、すか?」

「細胞にばらつきがあるからだよ。全部いっぺんに入れ替えることはできないし、替えの効かないパーツもある」

「ふうん」

「俺らは、いろんな細胞を組織しないとならないのさ」


 教師は、自分と少年を交互に指差す。


「それを、俺たちの状況に当てはめてみろ」

「どういうことすか?」

「俺たちが、もし細胞だったら?」

「あ……」

「俺たちはゾウリムシじゃない。細胞一個じゃどうにもならんのだわ」

「ううー、そっかあ。でもおれたちって、もう死んじゃった細胞なんじゃないすか?」

「さあ、それは分からん。でもこうやって窓が開くんだから、俺っていう細胞はまだくたばってないんだろ。俺ならそう考える」


 これまでずっと苛立った姿しか見せなかった教師が、ぎらりと目を光らせながら歯を見せて笑った。


「はっはあ! それなら、俺がやることは一つしかない」

「……なんすか?」

「一つで機能しないなら、機能するように変えるしかないだろ」

「変える、すか」

「そう、セルの再配置リアレンジメント。いろいろやってみるさ。なぜかを考えるより、ずっとやりがいがあるからね」


 これまで決して顔を伏せなかった少年が、教師の視線を遮断するかのように、初めて俯いた。


「まあ、そんなことで。俺の窓が開かなくなったら、くたばったからじゃなく再配置に成功したからだと思ってくれ。じゃあな」


 いつもの扉の前からふっと教師の姿が消えて。その直後に窓が閉じた。辺りはまた闇で塞がった。少年を取り巻いていた寒気は、すでに少年が耐えられる限界を越しつつあった。


 闇の中に教師の笑顔がくっきり浮かび。すぐに消えて。あとは何もなくなった。音も、映像も、感情も、鼓動も、期待も、希望も、何もかも。


 闇と押し潰すような寒気以外は何もない、底なしの虚無。


 それまで自ら動くことを拒絶していた少年は、立ち尽くしているだけでは何一つ得られないことをようやく覚った。動いたからと言って、何か好ましいものが手に入るとは限らない。だが、あの窓は二度と開かないだろう。少年は、窓がもう開かないということに耐えられそうになかった。


 ゆっくり顔を上げた少年は、だらりと下げたままだった両腕を胸の前まで持ち上げ、それを前に伸ばした。そして。伸ばした腕の重みに引きずられるように、立ち止まっていたところから踏み出し、何一つ見えない深い深い闇の中を手探りで歩き始めた。


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