第5話 cell death

「こんちは」

「おう」


 いつものように、教師の機嫌は悪かった。だが、様子がこれまでと全く違うように感じられた少年は、胸騒ぎを覚えながら教師に尋ねた。


「田中さん、何かあったんすか?」

「あった」


 ぶっきらぼうに答えた教師が、がりがりと頭をかきむしった。


「なんとなく、分かってきたのさ」

「何がすか?」

「俺らの意味だよ」


 少年がぎょっとする。


「ええっ? どうして分かったんすか?」

「窓が一つ消えたんだよ。俺の目の前でね」

「消えた? 閉まったんじゃなくて?」

「そう。二度とその窓は開かない」

「どうしてそれが分かったんすか?」

「窓はそのままに、向こうのやつだけが消えちまったからさ」

「あ……」


 教師は、少年に向かってまっすぐ手を伸ばした。


「俺の行動や口に出した言葉。それは一瞬のうちに終わっているように見えるかもしれないけど、無数のセルの積み重ねなんだよ」

「セル?」

「アニメのセルさ。原理はぱらぱら絵本と同じだ。少しずつポーズの違うセルを無数に重ね合わせ、次々に見せることで動きが表現される」

「うん。わかるっす」

「じゃあ、動きを表すために使われたセルは、最後にどうなる?」

「どう……って」

「ああ、こう動いたな、こう話したな……それが分かれば、一つ一つのセルはもう不要になるんだよ」

「あっ!」


 少年が絶句する。


「そのセルは不要になったから消えた。いや、消されたんだ」

「……」

細胞セルデスさ」

「じゃあ」

「そう。俺らは並べられたセルの束からこぼれた。だから前後がなくて、そこだけになってる」

「それじゃ意味がないっすよね」

「ないね」


 放り投げたような教師の言葉を残し。再び窓は閉まった。


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