第3話 nucleus

 コンタクトは、ひどく間が空くこともあれば、続けざまに起こることもあった。だが少年と教師は、そのタイミングを計ることも調整することも出来なかった。


 少年の側から見える『窓』は教師のところだけだったが、教師の場所では複数の窓が見えるようだった。しかし、それらの窓との遭遇はいずれも単なるコンタクトに過ぎず、教師はいつもそのことにいらいらしていた。少年がほとんどの感情や表情を鈍麻させていたのに対し、教師が自らの苛立ちを隠すことは決してなかった。


「田中さん」

「うん?」


 少年が、あらぬ方向に視線を向けたまま教師に問いかける。


「一人は寂しくないすか?」

「うーん」


 いつものように扉に寄りかかっていた教師が、そこから背を離して腕をぐいっと組む。


「寂しい云々より、こんな状況にずっと閉じ込められてることが気持ち悪いんだよ」

「そっすか」

「功くんは寂しいのかい?」

「いや、寂しくはないっす」

「ふうん」

「おれ、自分のこと好きじゃないんで」

「ああ、それでいつもぼーっとしてるんだ」

「そっすね。先生は、おっと、田中さんはどうすか?」

「俺か?」


 腕組みしたまましばらく考え込んでいた教師は、素っ気なく答えた。


「好きでも嫌いでもないかな。こんなもん要らんとは思わんし、自分大好きでもない。君らのようなガクセイの頭ン中にどうでもいい知識を放り込んで、彼女作る暇もなくばたばた走り回って。たまにうまい飯と酒ぇ食らって、毎日忙しいなーと思いながら寝る。俺はそんなもんだと思ってたし、今もそう」

「ふうん」


 口をへの字に捻じ曲げた教師が、足元を蹴り上げる。


「くそっ!」


 少しだけ首を傾けた少年が、ぼそりと呟いた。


「なんか……変ですよね」

「なんかじゃないよ! 思い切り変だ!」

「うん」

「こうなってる状況にどこか共通点があれば、それが事態打開の突破口になるかもしれん。でも、他の連中もこんな感じでいきなり放り出されてる。そこに規則性がないんだ。だから、みんな戸惑ってる」

「へえー」

「ただな」

「うん」


 教師が、ぐるりと周囲を見回した。


「ただ。一つだけ、間違いなくどの窓にも共通していることがあるんだ」

「なんすか?」

「俺たちは、独房セルに閉じ込められてるってこと」

「そっか。みんな独りなんすね」

「そこだけが共通点なんだよ」


 少年は強い違和感を感じていた。教師は『閉じ込められている』と表現していたが、少年は空間閉鎖性を意識したことが一度もなかったからだ。ここには果てがない。果てがない中に自分だけがぽつりと置き去りにされていて、それしかない。

 でも、教師のところは違うんだろう。独房という表現。それは自分の置かれた空間が狭く、有限であることを示している。


「あの」

「うん?」

「閉じ込められてるってのは、ちょっと……」

「違うように感じる?」

「そっすね」

「でも、そこから出られんだろ? 空間が広いか狭いかは関係ないさ」

「ふうん」

「俺たちは細胞セルの中に入ってる核みたいなもんだよ。一室に一人。その部屋の広さには関係なく、ね」

「あ、納得」

「だろ?」


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