第2話 window

「やあ、こうくん」

「こんちは」


 何もない少年の空間とは全く異質の空間が、突然少年の眼前に現れる。闇しかなかった空間に明かりの灯った窓が開く。少年はその窓の出現をコンタクトと呼んでいた。窓の向こうの光景はいつも同じ、どこかの学校だ。事務机がずらりと並んだ職員室。もう夜なのだろう。廊下や室内の天井照明が無人の空間を明るく照らし出している。ただ一人、背広姿の三十代後半の男性教師が出入り口の扉に背を預け、じっと少年を見据えている。


「そっちは相変わらずかい」


 教師が少年に話しかける。少年は、ずっとあらぬ方向に目を向けたまま無愛想に答えた。


「おんなじっす」

「変わったことは?」

「なにも。おなじっす」

「そうか」

「先生の方は?」

「先生はやめようぜ。俺しかいないんだし」

「……そうすね、田中さん」

「こっちも相変わらずさ」


 振り返って無人の職員室をぐるっと見回した教師が、露骨に顔をしかめた。


「誰もいやしない」

「原因、分かったんすか?」

「それが分かってんなら、さっさと行動に移すよ」

「こっちよりましなような気がするんすけど」

「同じようなもんさ。何もないって分かってるそっちより、かえってひどいかもしれん」

「そうなんすか?」

「そりゃそうだよ。何もなければ、それ以上突っ込みようがないだろ?」

「……そうすね」


 教師が忌々しげに天井を見上げた。


「下手に図書室や資料室が残っちまってるのが、どうにも腹立つんだよな」

「そこで何か分かるんじゃないすか?」

「あほ。どっかの大学の図書室じゃあるまいし。ここはどこにでもある高校だよ。そこにある本とか資料は、ありふれたもんばかりだ」

「ふうん」

「図書室と資料室が残ったのは偶然さ。職員室の真上にある。だから残った。それだけだと思う」


 少年は、ずっと固定していた視線を少しだけ教師の方にずらした。それでもまだ、視線が噛み合わない。教師を見たくないわけではなく、それがどこにあるのか特定できない戸惑いのようなものが、視線移動を最小限に抑制していた。

 実際、窓は単なる映像に過ぎなかった。窓のこちらとあちらで顔を合わせて会話を交わすことはできるが、互いに行き来することは出来ない。いや……もし出来たとしても、少年は決して窓の向こうに行こうとはしなかっただろう。


 少年の視線移動が闇を一緒に動かしたかのように。開いていた窓が、ゆっくり閉じ始めた。


「ちっ。ここまでみたいだな」

「そっすね」

「じゃあ」

「はい」


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