セル

水円 岳

第1話 a cell

 一人の少年が、漆黒の闇の中、両手をだらりと垂らしたまま立ち尽くしている。俯いてはいないが、何かを凝視することも、確かめるように見回すこともなく。その視線が何かを捉えようとすることはなかった。


 少年が立っている場所には何もなかった。起伏のない平面。夜だから周囲にあるものが見えないというわけではなく、本当に彼以外何もなかったのだ。

 ただ。吐く息が白くなるほど気温が低かった。不思議なことに、厳しい寒さの中にありながら、少年は寒さで震えるような素振りを一切見せなかった。ひたすらに。じっと。立ち続けていた。いや……立ちすくんでいたと言った方がいいのかもしれない。


 年の割に背が高い。短く切りそろえた髪。しっかりと見開かれた大きな目。口は真一文字に引かれ、ずっと閉ざされたままだ。整った相貌でありながら、それを誇るでも疎むでもなく。厳寒の中に立つにはおよそ不向きな薄手の衣服をまとって。少年はずっと立ち尽くしていた。


 その地に立つ者。少年は自らをそう位置付け、何もない闇の中に身を置いたまま一歩たりとも動くことはなかった。


◇ ◇ ◇


 そこには一切の光がなく、芯まで身を凍らせるほどの寒さのみに埋め尽くされていたはず。しかし、少年が寒いという感覚を覚えることはなかった。違う。間違いなく寒かったのだが、それをどのように表現しても意味がないと思っていた。寒いのを我慢しているつもりはなく、寒いという感覚やそれに伴う感情の動きを表現する意義を感じなかった。


 常にすっぽりと闇に包まれている空間には、明暗の概念がなかった。彼以外何もない空間は常に一様で変化しない。彼はそこにいることしか出来ず、そこにいることしか望まなかった。だから……いつも、ずっと、じっと、立ち尽くしていた。


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