L 王の戦い


――王同士?


鎧が人間ではないことは分かるが――……アイツも王なのか?


この時のオレには、わからなかった――。



オヤジが紫色の炎を纏った槍で鎧を突き刺した瞬間――


高い金属音が響いた。


奴は、右腕全体を剣のように硬質化させて、攻撃を防いでいた。


鎧の腕が――剣になった?



さっきと同じように、鎧の右手甲が青白く輝く。


すると今度は、剣になっていた右腕が肩元で枝分かれして――


銀色に輝く5本の指を象った。


不規則に動く指先にあるのは鋭い爪。


――剣だけではなく、あんなこともできるのか!?



いや、それよりも――


砂をレーキでひっかくようにいとも容易くガリガリと岩盤を削る様を見てると、それ自体がどれほどの強さを持っていることか。


あんなのを喰らったらひとたまりもない。


背筋に悪寒が走った。



鎧は右腕の5本の爪をオヤジに向けて構えて、一斉に爪を伸ばす。


最短距離で真っ直ぐに伸びるものもあれば、地面を削りながら進むものや上から迫るものもあった。


軌道は極めて読みにくくある。



オヤジは『血ヌル槍』を使って必死に払いのけてはいるが――


防戦一方で反撃する暇が見つからない。



――!



鋭く振り上げられた2本の爪に両手を弾かれて――


オヤジのみぞおちを3本の爪が突き刺さった。



呻き声を上げながら、くの字に折れるオヤジの体――


鎧の攻撃は止むことはなかった。


残り2本の爪も続けて根元まで深く突き刺さる。



鎧は、重量感のある腕を振り上げると――


オヤジの上半身と下半身が切り裂かれて二つに分かれた。


それはまるで人形か何かを見ているような――


あまりにも現実感の無い出来事だったと思う。



「きゃあぁー」「オヤジぃい」


姉さんの悲鳴と、オレの出した声が同時に響いた。



オレ達の不安を余所に――


オヤジは何事も無かったかのように、ニヤリと微笑んでいた。



左手辺りから輝きだす、黒色の光。


2つに分けられた体をふわりとした黒いマントが覆う。


風でたなびいたマントからはたくさんの黒い蝙蝠が放たれて、羽音を上げながらオレの目の前に集まってくる。



自分の目の前とオヤジが居る場所を交互に見つめる。


――!?


いつの間にか、マントの下にいたであろうオヤジは消えていた。



一方の蝙蝠達は黒い塊となって、人間の形を形成していったんだ。


オヤジがみるみる再生されていく――。



――人間離れした神の力。


オレも目の当たりにすることは初めてっだったんだが――


これが【不死】の王珠の力なのか?



「そんな攻撃では傷一つ付けられんぞ」


鎧はオヤジのドヤ顔にもたじろんだ様子は見せていない。



「ミネル、ドラグ、しっかりと見ておけ。 これがドラクロアの戦い方だ」


見つめた先にあるオヤジの背中は、今までで一番輝いていた気がする。



オヤジは、右手を使ってマントの裾を持って全身を隠す。


一瞬、黒い光がマントから漏れたような気がした。


バサッと音を立てて開いたマントの先からは、黒い蝙蝠が大量に放たれた。



さっきとは逆で、オヤジがたくさんの蝙蝠に分裂してるように見える。


それぞれが、拳大の大きな塊に次々と分かれて、一つ一つが別の意識を持った蝙蝠を作っていく。


マントやオヤジの顔も同じように蝙蝠となって、大聖堂の天井付近を回りながら飛んでいる。



人としてのオヤジの気配は、完全になくなっていた。


大量の蝙蝠から放たれる殺気を合図にして、一斉に鎧にぶつかる。



鋼板をハンマーで叩いたような鈍い音と共に鎧に衝撃を与えては、ふらつかせている。


一匹一匹が相当な固さなのだろう。


顔の表情が伺えないためにダメージがあるか否かは分からないが、鎧が不格好に凹んでいることは確かだ。


怒涛の連撃――


ある程度攻撃を行ったところで、蝙蝠は大聖堂の隅々まで分散していくそれと同時に気配がなくなった。


鎧も攻撃対象を探しているようだ。

 


そして、次の瞬間――


鎧の中央、腹の部分から突き出た『血ヌル槍』。


オヤジは、鎧の背後から槍を突き刺していた。



「……――ぐぅ――………あ――…ぁ………」


僅かなうめき声にも似た音を発しながら、膝をつく鎧。



――効いているのだろうか?


オヤジは、再び蝙蝠となってオレの目の前に戻ってきた。


「ふん。 こんなものか?」



鎧の中央には槍で貫かれたことによって、大きく穴が開いていた。


そこから漏れだす黒い煙を抑えるように、左手で穴をふさいでいる。


無機質な鎧がとった人間くさい行動。


ダメージがあるのだろう。



それでも致命的なダメージとはならなかったらしい。


左手から漏れていた黒い煙は次第に収まっていったんだ。


「お父様、鎧の穴が塞がっていってますわ」


鎧の胸元を見るとぽっかりと開いた穴が、小さくなっていくことが確認できる。



「ふん。 焦って(鎧を)再生したところを見ると、その下が弱点なんだろ?」


数秒後には完全に穴が塞がって、傷一つ付いていない綺麗な鎧となった。


黒い煙を抑えることが鎧の役割だとしたら――……。


その煙が本体なのか?



「鎧が再生されるならば、それを上回る攻撃をするだけだ」


一瞬で見抜いた洞察力。


オヤジの言葉は心強かった。



鎧は片膝をついたまま、右手を上に高く上げた状態で構えていた。


握った拳に力を灯し、再び青白く輝く光。


何度も戦い方を見てきたからわかるのだが、この後に鎧の攻撃が行われるのだ。



――!?


オレ達は、攻撃に身構えていたのだが――


まだ来ない。



鎧の右手の輝きは、今までより眩しい。


見惚れるような輝きの綺麗さとは裏腹に、禍々しい雰囲気が右拳に集まって行くのが感じられる。



その光が右手に収束したと同時に、背中から現れたのは何本にも分かれた銀色に輝く翼。


一瞬縮んだ直後には孔雀の羽のように大きく広がり、高さ15mはある大聖堂の天井とその壁を貫き始めた。



それはただの翼ではなかった。


翼の先一本一本が鋭い剣のように伸びては――


床・壁・天井あらゆるものを無差別に貫く。


祭壇・窓・柱・テーブル・椅子――……


ガラスや岩片・木片を飛び散らせ、それでも翼の攻撃は止むことはない。



オヤジは自身の体を黒いマントで覆っていて、切り裂かれては元の形に復元されて平然としていた。


見据える先は鎧。


好機を伺っているようにも見える。


 

オレと姉さんは叫びながら、目の前に迫りくる伸びる剣にも似た翼をよけることで精いっぱいだった。


轟音と供にボロボロに崩れ落ちるて行く大聖堂の天井。


所々穴のあいた天井からは淡く赤い月の光が斜めに差し込む。



ゴッ!!


――!?


突然頭に走った衝撃。


膝をついて前のめりに倒れるオレ――。



目の前が暗くなり、次に耳をついたのは――


崩れ落ちる天井や壁が地面にぶつかる鈍い音だけだった。




――。



 ――。



――。




オレは、瓦礫の直撃を受けて数秒気を失ってしまったらしい。



背中にのしかかるその重さと、体に走る節々の痛みで気が付く。


目の前がフラフラとしてはいるが、辛うじて動けそうだ。



瓦礫を掻き分けながら、噴煙の隙間から見た光景は――。



地面から這い出てきた蛇女に右足を噛まれているオヤジと――


鎧に捕らわれた姉さんの姿だった。



蛇女は一旦退き、鎧の男の隣に位置する。



「オヤジぃい」


朦朧とする意識の中、瓦礫から抜け出してたどたどしい足付きでオヤジに駆け寄る。



――!!


右足から体を侵食するように広がる紫色。



こ、これは――ハッサンと同じだ。


傷口から広がる石化。


止まる気配はない。


恐らくあの蛇女の毒なのだろう。



「なんなんだよ、あいつら!」


瓦礫を受けた時に手放したのか、手には剣を持っていなかった。


オレはオヤジの握った手から『血ヌル槍』を奪って構える。



槍がオヤジの手から離れたとたんに紫色の発光はなくなり、放たれる殺気がなくなったように感じた――が、今はそんなことを気にしている余裕は無かった。


鎧に向かって、一直線に突き進んだんだ。



「姉さんをはなせえぇーー」


鎧に向かって伸ばす槍。


その穂先は届くことはなく、気付いたらオレは壁に打ち付けられていた。



――ぐっ。


背中に走る激痛。


鎧の前には蛇女がいる。



あまりの速さに、攻撃されたことすら認識できなかったんだ。


おそらく尻尾で叩かれたのだろう。



背中の衝撃が、全身を走る痛みに変わる。


体が動かない――。


痛みなんて感じている暇はないはずなのに。



吐く息が少なく、一瞬気が遠くなった――。

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The LITHOS(神珠物語) クロノス @kronos20180404

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