L 襲撃

突如、外に広がる悲鳴と怒号。


人の声に混ざって、銃声や爆発音、ガラスの割れる音も聞こえる。


――【不死】の王珠継承式中に襲撃にあったんだ。



―――>ドラグ視点

―――≫大聖堂内


一際大きくなる歓声。


地響きに似た衝撃は大聖堂を揺らし、ステンドグラスをカタカタと小刻みに震わせる。


儀式中だったため、広々とした大聖堂の中には3人だけしかいない。

 


「お、お父様、これは――」


外の様子を案じる姉さん。


「どうやら、式どころではないらしい」


只ならぬ雰囲気に儀式の中断を告げるオヤジ。


何かを感じ取ったのか扉口を睨んでいる。


オレもそれに続いて注意を払った。



「ドラグ。 集中しろ」


オヤジの声が体に響く。


オレは、首を縦に振り答える。



タキシードの脇に差した剣を確認し、いつ始まるかもしれない戦闘に備えていた。



ドラクロア城は、周りに流れの速い川で囲まれている孤城だ。


陸地から城へ攻め込む場合は、


 1. 第一城門


 2. 陸地と城をつなぐ約1kmもの橋 通称『龍の首』


 3. 第二城門


といくつもの関門を通る必要がある。



そして、第二城門から城郭内に入ると


街全体が迷路のように入り組んだ造りになっていて、容易に攻め込むことは出来ないだろう。



継承式中に攻められることを想定していなかったわけではない。


聖堂の外には、数千とも言われる兵士を配備しているのだが――


それらを越えて短時間で攻め込まれたというのだろうか。


そんなことが可能なのか?


いくら考えても答えは出なかった。



それから、数分は経過しただろうか?


外ではあれだけ激しい戦いの音が聞こえていたにも関わらず、今は不気味と静まり返っていた。



静寂を破ったのは、大聖堂入り口の扉が開く鈍い音だった。



「ド、ドラクロア様ぁ――」と声を荒げて現れたハッサン将軍。


ひっそりとした空間に響く彼の低い声と息遣い。


自慢のスキンヘッドは泥と血にまみれていて、全身を包んだ強靭な鎧は所々がぼろぼろに崩れている。



鎧で隠れた部分の怪我もひどいのだろうか?


よろよろとした足つきで近寄ってくる。


「ハッサン、どういうことだ」


オヤジが声をかけて駆け寄り、その後にオレ達も続く。



状況を伝えにきたのだろうが、苦悶の表情をして必死で首元を抑えている。


「お気をつ――ぐっ……がぁぁあああぁぁ」


声を出そうとしているのだ。


しかし、何かに苦しんでいるようで言葉が言えていない。



「おい、ハッサン。 しっかりしろ、何があった」


オヤジの問いに答えられる状況ではなかった。


ただただ荒い息と苦しみににた声を上げるだけで、目が泳ぎ視点が定まっていない。



手で抑えた先には噛み傷があり、周りの皮膚は紫色に変色していた。


首元の傷口から始まった皮膚の紫色の浸食は、首、肩、顔の順に広がっている。


「これは、毒――なのか?」


オヤジも同じことを思ったようだ。



ただ、普通と違ったのは――


紫がかった皮膚は、徐々に石になっているんだ。



こんなことって、あり得るのか?


疑問が思考をぐちゃぐちゃにかき混ぜる。



「ハッサン、聞こえるか! ハッサン」


「ぁあぁがあああぁあぁ――」


大聖堂には、必死になって呼びかける声と彼の叫び声だけが響く。


オレは、見守ることしかできなかった。



――数秒後。



彼の断末魔を最後に、苦しげな表情をした顔型の石像が出来上がる。


そしてさらに数秒後には、腕、腰、下半身へと紫色が浸食して、彼の全身を石に変えた。



「――……」



言葉が出なかった。


オレたちは魔法でも見ていたのか?



「どうして――」


姉さんは声が震えていた。


「獣か何かの毒でこんな風になったんだろうか?」


オレが発した言葉は馬鹿げたものだったと思う。


オヤジは首を振りハッサンを調べようとして手をかざした。



その瞬間――


ハッサンの体は、積木が倒れるかのようにガラガラと崩れ落ちた。


辺りに漂ったのは砂埃のにおい。



さっきまでハッサンは、人として生きていたんだ。


それが、数秒で石になり――


こんなにも脆く崩れ落ちていった。



なんなんだ、これは?


訳が分からなかった。



人の命が音もなく静かに散っていった。


その不思議な現象に思考が止まる。



――。



 ――。



――。



止まった時間は――


大聖堂の入り口付近から感じた気配で再び動き出すことになったんだ。


だんだんと近づいてくる、乱雑に奏でられる金属音。


そして、半開きになった扉口に手をかけた音。



その時――


体全体を冷たい風が駆け抜けた。



恐らくこの場にいる全員が感じただろう。



外の寒さからくるものではない。



この体を伝う冷たさは――


鳥肌が立つ前に背中に走る寒気のような、恐怖を感じたときのそれに似ていた。



鈍い音を立てながら――


厚く大きな扉口がゆっくりと、そして大きく開く。



重厚な金属の軋む足音と共に現れたのは、輝く重鎧を纏った人物だ。



厚めの鎧のために実際より大きく見えるのだが2.5mくらいはあるだろうか。



鎧と同じ材質だろうが重兜を被ったその人物の顔は――


見たくなかった。



ソレを見れば見るほど、体に恐怖が蓄積されていく。


オレは自分の体の筋肉が――


いや細胞レベルで異常に緊張していることを感じる。


心が震え、五体が見えない圧力で押さえつけられているようで 上手く声が出せない。



そのモノは人が恐れを抱く元凶――


太古より忌み嫌われている存在に感じたんだ。



顔は――……


  ――顔は、なかった。



黒い煙のようなもので薄らと顔の形を象っているだけで――


角度を変えて光を当てた状態にしても 男なのか女なのかも判らず、まるで実態が感じられない。



黒い顔付近では、空気が震えていて歪みが発生しているように見える。


その歪みを吸いこんでは、黒い煙のようなものを吐き出しているのだ。


不自然な人間臭さに、呼吸をしているようにも見える。


わかることといえば――


ヤツが口元から息を吸うたびに、自分の中にある希望とか――


楽観的な正の気持ちが吸い込まれるような気がする。


逆に息を吐くたびに、寒気とともに恐怖とか絶望とか負の感情が体に流れ込んでくるのだ。



隣から生唾を飲む音が聞こえる。


振り向いた先にいた姉さん。


胸の前に合わせた両手は震えていた。


恐怖に負けないためなのだろう。


眉間にしわを寄せて鎧を睨んでいる。


一方、オレの前に立つオヤジ。


黒いマントをなびかせてしっかりと立つ姿勢からは、恐怖に屈していない様子が伺えた。


その背中は、オレに勇気をくれる。


握った手に力がみなぎる。


――オレも心を強く持たなければ。



鎧の後ろでは、轟音を響かせて破壊される扉の音が聞こえる。


――おいおい、まだ何か来るのかよ。



窮屈そうな体をくねらせて無理矢理入ってきたのは、上半身が裸の女性で下半身が蛇の獣。


般若のような苦悶の表情をして、口は耳元まで裂けている。


時折開ける大きな口からは鋭い牙と八重歯を覗かせているのだが、口の回りは血だらけだ。


体長は、尻尾を含めて4mはあるだろうか。



「な、なんなんだよ、こいつらは――」


思わず発した言葉。


オヤジは俺達の前に立ち、庇う形で相手の出方を伺っている。


オレもその後ろに立ち、剣を抜いて慌てて姉さんを庇う。


オレが剣を抜いた行動は恐怖からだったが――


オヤジは違った。


落ち着き払った姿勢は、この場を切り抜けるという確固とした覚悟から来るものなのだろう。



オヤジが黒いマントの下から取りだしたのは『血ヌル槍』。


幾つもの悪とよばれる存在を貫いてきた槍だ。


持ち手部分の柄は黒に赤の斑模様、穂先は黒灰色。


大きさは60cmと片手で持てるほど小型なのだが、この槍にはもう一つ大きな特徴があった。


槍は持ち主の血を受けることで、本来あるべき姿に形を変えると言うらしい。



オヤジは、槍の穂先を左手で強く握る。


刃に滴る血が痛々しい。


「――血の契約を持って我がしもべとなり、力を解き放て――」


呪文のような言葉を発すると、それを受けて『血ヌル槍』の穂先は怪しい紫色の光を放って輝く。


そして、光の輝きは紫色の炎となって穂先を覆った。



オヤジの殺気を感じたのか――


蛇女は体全体を後ろに引いた状態に構えて攻撃体制に入る。


般若のような顔を崩れるほどにひきつらせて、大口をあけて金切り声をあげた。


威嚇しているのだろう。


大聖堂に響き渡るその声は、大音量で女の叫び声を聞かされているようで――


思わず耳を塞ぎたくなるような不快感を感じた。


一触即発。


お互いの殺意が交わった張り詰めた空気を止めたのは、鎧だった。



鎧は、肘を折った状態で左手を上げている。


蛇女に命令した「待て」というサインなのだろう。


煙のように黒く揺れている顔――


いや、口元が大きくうごめいて、ここで初めて言葉を言い放ったんだ。



――!!


耳に感じたのはノイズ。



雑音・騒音・金属音・濁った音――


およそ人の声では表現できない、聞くに堪えない音の羅列。



鎧から放射状に広がる音の波は、大聖堂の壁や窓を震わせる。


さっきの蛇女の叫び声より酷く、体の芯に響く。


オレは反射的に耳を塞いだ。



それでも、脳に響く音があった。



「…我…は――ユヒ……ト――王の……使…い――【命】…の――…王…珠を…貰…いにき……た――」


恐ろしく低い声と共に体を震わせる威圧感。


――くそっ。


オレの足がすくむ。


【命】の王珠?


雑音が混ざっていたせいか聞き間違えたのだろう。


ここにあるのは【不死】の王珠なのだから。



威圧的な声にオヤジは屈しなかった。


「断る」


真っすぐな言葉は、耳を塞いでいてもハッキリと聞こえた。


淡々と放たれた一言だったが、鎧はこの答を予想していたのだろう。


収縮するノイズの代わりに放たれたのは、オヤジに向けられた殺気だった。



蛇女に変わって、今度はオヤジと鎧が対峙する。



先に動いたのは、鎧だった。


ギリギリと金属の軋む音が響かせながら、右手を力強く握っている。


それと同時に手の甲に埋め込まれた何かが青白く輝き始める。


記号のようなものが描かれていたようだが確認できなかった。



「ドラグ、王同士の戦いから目を放すんじゃぁないぞ」


――!?


オヤジは地を蹴り一瞬で間合いをつめた。

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