L 王珠継承

 

――ここは【不死】の王珠を持つ一族が住むドラクロア国。



―――>ドラグ視点

―――≫ドラクロア城大聖堂前


4月9日。


北から吹く風がまだまだ冷たく感じる春前の気候。


黒いタキシードから露出した肌へ冷気が沁み込む。


――今年も美しく咲いたな。


大聖堂前には、満開咲いた『龍皇桜(リュウオウザクラ)』が凛とした存在感を放つ。


一本立ちの太い幹から何百、何千と分かれた枝。


それらをピンク一色に覆い尽くすほどに花達が美しく咲き乱れている。


その下では、龍皇桜を取り囲むようにパーティーの準備が着々と行われていた。



雲がいくつか見え隠れする、生憎の夜空。


淡く赤い色に輝く満月が時折姿を見せては、地表をピンク色に優しく染め上げる。


この時期にだけ見られる赤い満月は、ドラクロア地方では『レッドフルムーン』と呼ばれている。


その魅力にあやかって祭事や記念日と重ねることは多い。


ドラクロア一族の『王珠(オウジュ)継承の儀式』も同じだ。



『王珠継承の儀式』は、オヤジであるドラクロアの国王ドラクロア.H.グラド(326歳)が、20歳になったオレの双子の姉ミネルへと力の継承を行うための儀式なのだ。


代々受け継がれてきた不死の力の源である【不死】の王珠。


その王珠の名の通り、力を宿すことで死ななくなるという神秘的な力だ。



王珠は、その力目当てで奪おうとするものは多いのだが、直系の血族以外に継承してはいけない。


なぜなら……


無理な、継承は新たに継承した者の精神を崩壊すると言われているからだ。


力を受け継いでも、それを使えないんじゃ意味がないだろ?



しばらく歩くと、大聖堂が目に入る。


周りが崖に囲まれた小高い丘の上に立っているために実際より大きく感じられるが、高さは20m。


大聖堂の入口へと長く続く大階段。


白壁で太い支柱に支えられた建物には、アーチ状に細かな装飾がなされている。



最近は、ドラクロアの『不死』のイメージにあやかって結婚式を挙げたいと言うカップルが増えてきているそうだ。


本来ならば、大聖堂へ続く大階段は結婚を祝福する人であふれるのだろうが……


今は屈強なドラクロアの守衛が配備されていて殺伐とした雰囲気となっている。


なんともシュールな絵なのだが、王珠継承の儀式のためにここら辺一帯に城の守りの拠点をおいているので仕方ないのだろう。


オレは、守衛達に祝福されながら大階段を上る。



オレの名は、ドラクロア.H.ドラグ。


この国の王ドラクロア三世の息子だ。


「お疲れ様です。王とミネル様が中でお待ちです」


傷だらけのスキンヘッドと重鎧に身を包んだ彼の名はドラクロア将軍ハッサン。


彼の責任感がそうさせているのだろう。他の守衛とは違い体からは並々ならぬ威圧感を放っていた。


オレは「この場をよろしくたのむ」と一言伝えて、守衛達に見守られ王珠継承の会場である大聖堂の中へと足を進めた。



―――≫ドラクロア城大聖堂


両腕に力を入れて重い扉を開ける。


どこからか反射した光がオレの目を刺したため、一瞬目を瞑った。


ミルラの香りが全身を包む中、ゆっくりと開いた目。


視線先には広い空間と、こちらを見て笑顔を返す二人が確認できた。


「「遅いぞー、ドラグ」」


姉さんとオヤジだ。


「龍皇桜と月があまりにも綺麗で……」


などと苦しい言い訳をして返した。



大聖堂の中は高く幅の広い身廊と大きなアーチ状の太い柱で支えられている。


壁と床の色は黒で、それに反して祭壇の色は白。


周りが黒で囲まれた空間の中にある白い祭壇は、そこに立つものを視覚的な効果で浮かび上がらせる。


ドラクロアの象徴である【不死】とかけて、永遠の輝きを与えたいというイメージから造られたそうだ。



その中央祭壇の前には、身長が高く黒いマントを羽織ったオレのオヤジ。


今ではすっかりと老け込んでしまった。


そして白いロングドレス姿の姉さん。


継承の儀式についての話しをしているようだ。


その上部にはきらびやかなステンドグラスが広がる。


レッドフルムーンの影響からか、ステンドグラスに反射した月の光で様々な表情を見せていた。



ドラクロア家は不死の一族だ。


処女の生き血が旨いということは知っているが……


だからといって不老不死の秘密は、


人の生き血を吸って生きながらえているとか


ドラキュラがどうとか……


そんな伝説めいたものではなく


全てはオヤジが持つ【不死】の王珠が関係している。


オレや姉さんは切られれば死ぬし、寿命だって人間と同じなんだ。



オヤジも俺達が生まれる前までは、20代とも見間違えるくらいの青年だったと聞く。


俺達が生まれてからは、急に歳をとりはじめたと笑いながら言ってた。


若いときと変わらないのは180cmと高めの身長だけで、今ではすっかりやせ細り日に日に老いが加速して行っているようだ。


いくら神から授かった【不死】の力とは言え、自身の肉体の限界には叶わないのだろうか。


ドラクロア家の王は、代々王珠継承とともに命を繋いできた一族なのだ。



姉さんは腰まで伸びたロングの黒髪が艶やかで、肌の色が白くとても美しい人だ。


時に人当たりがきつく感じられることもあるのだが、裏表の無い発言は人を思うが故の厳しさなのだということは誰もが承知している。


善悪を天秤にかけたときに私利私情に振り回されることなく本質を見抜いて裁ける感性は、オヤジが信頼を買っていた。


オレもそんな姉さんが大好きだ。



王珠継承の儀式が決まった時は永遠の若さと命を手に入れることを喜んでいるように見えたが、


裏に隠れて寂しい表情をしていたことは知っている。


自分だけ年齢という時間が止まり、生き永らえることの辛さは尋常ではないのだろう。



「そろそろ始めよう」


オヤジの一言で場に緊張が走る。



時刻は20時。



中央祭壇へ向かうオヤジと姉さん。


ひっそりとした雰囲気の中でドラクロア族の王珠継承の儀式が始まった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る