第5話 OUQカード【3154】

 全体相場が悪いので、リスクを下げようと手放した銘柄がある。

 その手放したすきに、逆に上昇してしまった。

 なんて間の悪さだ。

 くそー!

 と、頭を抱え込んだ時、ギィギィという音が聞こえてきた。

 スススと静かに引き戸がひらく。


「桜井さん、聞きましたか?」


 やはり雪乃さんだった。


「何でしょうか?」


「株式分割が発表されました!」


株式分割かぶしきぶんかつ!」


 今日の話題は株式分割のようだ。


「株式分割と言うと、株数を増やして株価を分割することでしたよね? ワリカンみたいな?」


「そうです。分割することで購入単価を下げて買いやすくします。同時に、注目されて期待も上がります。ですので、株式分割の発表後は株価も上昇することが多いんです」


「それなら買わない手はないですね。その発表があったのは何という銘柄なんですか?」


「メディヤスホールディングスという会社です。ご存じですか?」


「いやー、初めて聞きました」


「医療機器などの販売を行っている東証一部の銘柄です。その会社がきょうのザラ場中に1対3の株式分割を発表したんです。きょうの終値はおよそ1株2700円です」


「えーと、つまり2700円を3分割ってことですね。900円ずつ3人でワリカン、みたいな?」


「桜井さん、ワリカンが好きなんですね?」


「いえ、そんなことは…」おごらない男と思われてしまっただろうか。


「とにかく重要なのは優待条件を拡充かくじゅうしたことなんです」


「優待条件を拡充?」


「もともとはこんな感じの優待だったんですが――」


 と言いながら、雪乃さんは部屋の前方にあるホワイトボードへ駆け出した。



【旧】100株以上  3年未満    OUQカード1000円分

           3年以上    OUQカード2000円分



「100株以上を保有する株主に対して、年1回OUQカードを出していたんです」


「年数は保有期間ですね」


「それをこう変更しました」



【新】100株以上  1年未満    OUQカード1000円分

           1年~3年未満 OUQカード2000円分

           3年以上    OUQカード3000円分



「つまり長期で保有するほどお得になるように拡充かくじゅうされたんです!」


「3年以上持っていれば3000円ですか!いいですね!」


「ここで特筆すべきは【新】の100株は分割後の100株だと言うことなんです。ようするに9万円あれば手に入るんです」


「ん? つまり【旧】のほうは27万円で2000円分だったのに、【新】のほうは9万円で3000円分なんですか?」


「そういうことです!」


んでもないじゃないですか!拡充っぷりが!」


「です、ですよ、ですよね!! 分割の魔法なんです!このような形で株主優待を拡充するケースは度々あります!なので株式分割発表の際は、その会社の優待状況を確認することをオススメします!!」


「すばらしいですね!とにかく明日からメディヤスホールディングスの値動きを追ってみます!」





――――― 次の日 ―――――


「雪乃さん。メディヤスホールディングスですが、きょうもストップ高で買えませんでした」


「好材料の直後は、みんな喰いついてきますからね。けど、たとえ株価が上がっても利回り的に納得できるなら買いですよ!」


「なるほど」


「それに優待目的なら権利日までに手に入れればいい話ですから。しばらく監視してみてはどうでしょうか?」


「了解しました!」





――――― 権利付き最終日 ―――――


「雪乃さん!メディヤスホールディングスですが、1042円で約定です!」


「桜井さん、完全・株主優待生活にまた一歩近づきましたね!」


「はい!」





――――― 3ヶ月後 ―――――


「雪乃さん!優待が届きました!OUQカード1000円分です!」


「おめでとうございます! ところで、その手に提げているビニールは何ですか?」


「よくぞ聞いてくれました!実はさっそく、コンビニでうめぇ棒を92本買いました!」


「え、なんでうめぇ棒なんですか? そもそもコンビニでそんなに買えるんですか?」


「5店舗ハシゴしました。とにかく優待を有効に使おうと思って。たこ焼き味もありますよ!」


「…それホントに有効なんでしょうか?」


「え、だって、量がいっぱいあったほうが良いかなと思って」


「桜井さん小学生みたいですね。わたしならドラッグストアでセール品を買うのに使います」


「……」


 さすが雪乃さん。

 OUQカードは、もともと安いドラッグストアで使う方がお得なのだ。

 もっと、ちゃんと使い方を考えなければならない。

 92本分のうめぇ棒が急に重く感じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る