第4話 家電割引券【8173】

 あともう少し下がったら買おう。

 そう思って値動きをずっと見ていた株がある。

 しかし、そのもう少しがなかなか下がらない。

 むしろ逆に上昇してゆく。

 気づけば手の届かない遙か遠くへ。


 欲しい銘柄は買おうと思った時に買わなきゃいけないのかもしれない。

 家電は欲しいと思った時が買い時だと、テレビでタレントが言っていた。

 株もいっしょなのだろうか。


 儲け損ねたショックで講義室の掃除がはかどらない。

 粘着力のなくなったコロコロを、カーペットに無駄に転がしているとギィギィという音が聞こえた。

 気づくと開いた入口の向こうに雪乃さんが立っていた。


「桜井さん、ご存じでしょうか?」


「と言いますと、何でしょう?」


「城新電機という会社ですが、ご存じでしょうか?」


「城新電機? 名前だけは聞いたことがあります。家電ショップですよね。ネット通販でもよく目にします」


「そうです、関西を拠点にした大手の家電量販店です。ここの優待は店舗だけでなく、ネット通販でも使える割引券です」


【買い物割引券】※2000円ごとに1枚利用可

・3月

100株   200円券10枚

500株   200円券55枚

2500株  200円券110枚

5000株  200円券165枚


・9月

全株主    200円券25枚


「なんか株数も枚数も多いですね」


「特筆すべきは、9月は株数に関係なく全株主が優待を受けられると言うことなんです」


「全株主、ですか? それってどういうことなんですか?」


「文字通り株主全員かぶぬしぜんいんと言うことです。つまり、1000株保有でも、100株保有でも、10株でも1株でも。株主は株主、ということです」


「え、1株でいいんですか? 1株でも優待が受けられるんですか?」


「そうなんです。ほかの多くの優待は、最低購入単位の100株を保有しないと受けられないことが多いですよね? それをこの会社は1株でもOKということなんです」


「スゴイじゃないですか!1株だけ買いますよ!1株だけ株を買う方法と言ったらアレですよね?」


「そうです。各証券会社が独自に用意しているサービスを使えば1株から買うことができます」


「ワン株・プチ株・S株ですね! 城新電機の株価は今いくらですか?」


「現在3700円ほどです」


「つまり、3700円の投資で5000円分の優待が受けられるということですか?」


「そういうことです」


「ウソじゃないですよね?」


「ウソではありません。昨年わたしは1株でその優待をもらいました」


「すばらしいじゃないですか! 明日から城新電機の値動きを追ってみます…というより即買いです!」


 ぼくはその場でスマホを取り出し、S株制度を使って城新電機の株を『1株』注文した。





――――― 権利付き最終日 ―――――


「雪乃さん!3720円で買った城新電機ですが、現在4720円まで上昇しています!」


「優待をもらって値上がり益も出るなんて、この上ない幸せ者ですね! 桜井さん、また完全・優待生活に一歩近づきましたね!」


「はい!でも1株しか持っていないので含み益は1000円程度なんですよね。ふつうに100株買っていれば10万円の利益だったのに。くそー」


「桜井さん、欲張ったら早死にしますよ」


 と言って真顔でぼくを見た。

 その通りだ。ぼくは、欲張って無茶な取引をして爆死しかけた経験がある。

 ぼくは反省した。




――――― 3ヶ月後 ―――――


「雪乃さん!優待が届きました!本当に優待が届いたんです!」


「おめでとうございます!」


「届くまではガセネタかと思ってたんですけど、見てください!5000円分の割引券が束になった立派な冊子が届いたんですよ!」


「よかったですね。ただし、もらったからには全部使わなければいけませんよ」


「もちろんです!」


 と言ってから頭の中で優待の使用条件を計算してみた。

 2000円ごとに200円割引されるということだから、5000円分の割引となると…。


「5万円!この優待ぜんぶ使うとなると、5万円も家電を買わないといけないんですか?」


「そうなりますね。株主優待はすべて使わないといけませんよ。そうしないと株の神様から天罰が下ります。必ず使い切ってくださいね」


 そう言ってぼくの目を見てニコッと笑った雪乃さん。

 ぼくは目をそらした。

 ぜんぶ使うのは無理だ。

 誰かにあげるくらいしか思いつかない。

 もしくは…?


 雪乃さんはまだぼくを見ていた。

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