怒れる黒き竜VS魔法使い2

「……一撃で仕留めましょう」


 アミラは左手首から竜まで伸びる光の帯ーー束縛魔法の威力を強めた。同時に右手の杖を振りかざし、光の槍を数百本召喚させる。


「それがいいかも!」


 続く幼き魔法使いミシェルも、煮えたぎる巨大な火球を数十用意し、満面の笑みを浮かべた。


 二人に挟まれる様に佇むボロ布マントの魔法剣士、ガジェート。彼も聴き取り辛い恨み節を叫びながら、揺らめく黒剣を振り回す。

 夜空を刻む黒い斬撃痕はその場で待機して、ガジェートの発射命令を待った。先程、竜の翼を切り捨てた“飛ぶ斬撃”の貯蓄という訳だ。

 一心不乱に振り続けるその斬撃も、軽く百を超えていく。


 炎、光、闇。

 異なる属性の魔法が、見上げる竜の眼前に広がった。

 今宵は月が出ていたのか。それすら疑わしくなるほど、夜空は膨大な数の魔法で埋め尽くされる。


「やっちゃうよ!」


 目を光らせたミシェルの合図で、大魔導師三人による総攻撃が竜に振りそそいだ。


「ーーこの害虫共め!!」


 竜が無尽に降り注ぐ攻撃魔法を睨みながら叫ぶ。

 前足に巻き付いた力を奪う光の束縛魔法。その解析は間に合わず、破壊出来る工程までには至らなかった。


 ドドドドドドドドドドドドーーッ!!!


 上空から降り注ぐ全ての攻撃が竜を襲う。

 三人の魔法はダメージを増幅させる為、対象にぶつかると爆裂する仕様となっていた。一斉に花火を打ち上げた様な衝撃音が、他の雑音の一切を奪いながら辺りに響く。


「グオオオォォォーーー」


 竜の悲痛な叫びが、爆音の中に埋もれていく。

 さすがの竜も自身の魔力が乱れてしまっては、対抗出来る破壊魔法を放つ事は出来ない。

 竜はものの数秒で地上に叩きつけられた。それでも、容赦の無い集中砲火は止まらない。


「これも平和の為です……」


 竜から視線を外したアミラが噛みしめるように言った。

 悲しそうなその目は半壊する建物の下敷きになる人々に向いている。

 だが、アミラ達が攻撃の手を止める事は無い。

 この街が壊滅しようと誰が傷つこうと、最優先しなければいけない使命が三人にはあるからだ。


 『孤毒を生み出す生成魔装置を守れ』


 魔法使い達がこの国の王から与えられた勅令ちょくれいだった。

 街や人間は他にいくらでも変えがきく。

 だが、この生成魔装置は一つしか存在しないのだ。

 孤毒は保持しているだけでも、次の戦争時に自国側の被害が少なくなる。加えて、敵国への抑止ーーつまり牽制となり得える最強の軍事武器に制定されていた。


 しかしながらそれは、人間のーーこの国に限っての言い分だ。

 竜が守ろうとしている、“世界”の秩序の話ではない。


「……せめて、神に祈りましょう」


 大事の前の小事だと。

 アミラは逃げ遅れた瓦礫に沈む人々に祈りを捧げながらも、胸の中で上質な魔力を練り上げていく。

 それは細腕を通り、噴煙の中心部に新たな被害を生み出していった。


 ーー約五分間。

 竜の頭上には、すでに一万発近くの攻撃魔法が降り続けていた。


 触れた物を浄化する光の槍。

 鋼鉄をも溶かす煮えたぎる炎弾。

 如何なるものも剥ぎ取る闇の剣戟けんげき


 大魔導師たちの魔法は、一発一発が必殺の威力を誇っている。


 不意に、アミラが左手首を気にした。

 噴煙の中へと続くーー竜を束縛していた光の帯がだらりと緩んだからだ。


 アミラは自負していた。

 この光の帯は繋がりさえすれば、相手側から決して千切る事は出来ない。そういう術式を込めているからだ。

 外す方法は二つ。

 アミラ自身が束縛を解くか、その箇所が砕け散るか、だ。


「……さすがに、木っ端微塵になりましたか」


 二つの強大な魔法を同時に使い続けたアミラは、肩で息をしながら杖を下げるーー攻撃中止の合図だ。


 ミシェルはそれを見て素直に火球を作るのをやめたのだが、中央に位置するガジェートは見て見ぬ振り。一人で宙を前進しながら、一心不乱に闇の剣を斬撃を飛ばし続けた。


「……ガジェート」


「殺す!竜は許さねぇ!許されねぇ!!」


「ガジェートやめなさい」


 アミラによる光の拘束が、ガジェートの全身を包み込んだ。


「ぐっ!!」


「……続けて竜が現れた場合どうするのですか。魔力は温存して置かなくては」


 魔法使い達同様、竜もまた一体ではないのかもしれない。

 余力は残すべき。そうアミラはリーダーとして判断した。


「……」


 光の帯に束縛されたガジェートは少し抵抗を見せたものの、他の竜という言葉に気が向いたのか、空気の抜けた風船のように縮こまる。

 浮かびながらその場で三角座りをし、膝に顔を埋め、ブツブツと戯言を呟いた。


「あーあ。あのまっくろ君が潰れちゃった。一口くらいは食べたかったかも」


 立ち昇る噴煙を眺めながら、ミシェルは呑気な態度を見せる。


「あの竜は格が違うように感じました。念には念を……」


「アミラたん!今度、西の大陸に行ってみようよ!先生達の話によると竜の目撃状況がいっぱいあるんだって!」


「……それは戦力をもう少し整えてから」


「大丈夫だよ!ミシェル達は強いもん。だから次に子竜を見つけたら飼っていい!?」


「ダメに決まっているでしょう……竜と人間はどこまで行っても相容れない存在。何があっても心が通じ合う事はないのです」


「ちゃんと育てるからーー!おーねーがーい!!」


「……ダメです」


 他愛無い話を続ける二人に対し……ガジェートがむくりと顔を上げ、急に臨戦態勢をとった。

 獣の様に歯を剥き出して、片手に持った影の剣を構えたのだ。


「ーーーー殺す!竜は殺すぅううううううう!!」


 突然の仲間の発狂に、二人は会話をピタリとやめた。

 竜に強い恨みを持つガジェートは、竜に対する警戒心が人一倍強い。それは時として警報代わりにもなっていた。


「ガジェート、新手ですか?」


 ガジェートが剣をぶっきら棒に降った。

 方向はーー攻撃をやめた爆心地だ。


 剣が生み出した突風。それにより、魔法の直撃場所の噴煙が晴れた。そこには元々あった建物などは微塵も残っておらず、ぽっかりと空いた砂地の大きなクレーターが出来ていた。


 その中心部でーー二つの巨大な目玉が、三人をギロリと睨んでいたのだ。


「まさか、これほどとは……」


 アミラが目を細めて言う。

 あれだけの魔法を受けたにも関わらず、黒き竜は片膝もつける事なく、その大きな四肢で堂々と立っていたのだ。

 翼にはいくつも穴が空き、鱗は所々が削げ落ちて柔軟な皮膚が見えている。だが、それだけだった。他に目立った致命傷は見当たらない。


 一体なぜ、光の束縛が解けてしまったのか……アミラの表情には戸惑いが見て取れた。


「舐めるなよ害虫共。我は万物に終焉を伝える破壊の神だ。人間の魔法など、児戯に等しい」


「……くっ!」


 アミラは再び光の糸を伸ばしてーー竜の前足に絡ませる。


「それはもう効かぬ」


 見飽きたと言わんばかりに、竜はひと睨みでその糸を“破壊”した。


「魔法は術式さえ解読出来れば、摂理に則り破壊は出来る。光の属性で上手く誤魔化した様だったがーーその拘束魔法の真の所は粘着性の高い水魔法だな。小賢しい人間の考えそうな事だ」


 図星を突かれたアミラは唇を震わせた。

 宙に飛散してく光の糸は、アミラが一代で作り出したオリジナルの混合魔法。

 それでもだ。アミラの見る目からして、竜は先よりも手負いの状態に変わりない。

 もっと懸念しなければならない事があるとするならば、長期戦を強いられる事。短い時間での魔力の生成量は、人間と竜で雲泥の差がある。


 だからだろう。アミラが竜のに注目したのは。


 狙ってくれと言わんばかりの的。竜の眉間にある“十字の古傷”だ。

 傷跡が残ると言う事は、自己治癒力が働きにくい。即ち、この竜にとっての致命傷に成り得る弱点ーー“竜の逆鱗”という訳だ。


 アミラは早期決着を望み、リーダーとして判断を下した。

 確実に急所を仕留める為のーー接近戦だ。


「……ガジェート、畳み掛けます。ミシェルはサポートを」


「殺す殺す殺す殺すううううううぅぅぅ!」


「わかったよ!」


 渦を巻きながら肉薄する“巨大な光の槍”と“蠢く影の剣”ーーアミラとガジェートの交差追撃。


 一瞥した竜は、少し開いた牙の隙間から静かに吐息を漏らす。途端に、竜の周りが次々と爆発した。それは竜自身をも巻き込んで。


『『はぁあああああああーーーっ!』』


 目くらましの爆発など光と闇の大魔導師には何の意味もない。構わずに竜の懐へ飛び込みーーーーそのままを貫いた。


「……居ない!?」


 慌てたアミラは上空を見上げた。

 そこに、あの巨体が再び姿を現していた。


「一体どうやって!?」


 どの手段を用いてあの巨体が移動したのか。アミラには理解が出来なかった。


「ほらやっぱり!まっくろ君は私のペットになりたいんだよ!」


 迫る竜が三度目の火球をミシェルに放っていた。

 それに対し、屈託の無い笑顔を見せるミシェル。


「貴様はよほど火球が好きなのだな」


「うん!だってね……」


 ぶち当たる直前の火球をーーミシェルは余裕を持って搔き消した。否ーー吸収していた。


「魔力が増えるのって気持ちいいの!」


 増殖した自身の魔力に、満足な顔を浮かべるミシェル。

 その火球の影には、“もう一つ”の火球が隠されていた。


「無駄だよ!火の魔法ならミシェルの方が上だもん!ただのご馳走になっちゃうってば!」


 合計五発が連なった火球を消して、ミシェルは眼前の竜を見つめ……る事は出来なかった。


「それは元来、お前の魔法ではないであろう?」


「えっ?」


 ミシェルのすぐ後ろから聞こえた、地獄の底から響くような声。と同時に、ミシェルの視界が強い力でぐにゃりと歪んだ。


「ミシェル!!」


 地上から竜に向かって飛ぶアミラが、悲痛な声を上げた。


「ふむ。やはりな」


「な、なんでっ……」


 強引な視界の揺らぎの後、ミシェルが感じた違和感はたった一つ。視界の先に、見慣れた下半身があったことだけ。


「なんで、私の、ズボンが、見えるのかな……」


 その言葉を区切りに、ミシェルの下半身は糸が切れた人形のように、すぅーっと地上に落ちていった。


「いくら身体強化の魔法をかけようと、空を飛ぼうと、器は人間。速さにも防御にも限界があるのだ」


 震えるミシェルはカタカタと首を上に捻った。

 見上げると、そこには恐ろしく大きな目玉が自分を見下ろしていた。


 ミシェルは竜に咥えられていたのだ。

 その有り余る顎の力で、強引に身体の半分をねじ切られて。


「い、いやっ……」


 身体強化をかけているミシェルに痛みはない。それ故に残酷な今の状況を受け入れる事が出来なかった。


「ミシェル……美味しく、ないよ……」


 恐怖に顔が引きつったままミシェルは言った。

 竜とは、こんなにも冷たくおぞましい生き物だったか……。

 ミシェルは国から大魔導師に選ばれた一人だったが、それは突出した強さだけが認められていたからだ。

 魔法使いとしての歴は年齢同様に浅かった。


 地に平伏す火竜しか知らないミシェルは、底知れぬ絶望を味わう。


「竜もそれほど美味くは無かったはずだ。我も同族くらい食べた事はある」


 アミラが手を伸ばしながら、急加速するもーーその距離はまだ開きがあった。


「ミシェルーーッ!!」


 その必至の形相を見下しながらーー竜はニヤリと笑った。

 果物でも食べるように、ミシェルの上半身を口内に放り込み、そのままゴクンと丸呑みにする。

 即座に体内で破壊の魔法をかけ、その存在を分解した。


「ぬぅ……」


 ミシェルの半生がどっと頭に流れ込む。その中で竜は、火竜の最期の姿を探した。

 どこがで間違っていて欲しかった。が、ミシェルの記憶の中に見た火竜は、間違い無く黒き竜の知っていた者であった。


(やはり、あの火竜だったか)


 人質にされた子供の為に地に頭を擦り付け、取り囲む魔法使い達に許しを請い続ける火竜の光景。


 無様でーーそれ以上に立派な火竜の姿。


(我はっ!我はその最後を見届けたぞ!古き友人よ!)


 天に追悼する竜。

 その頬を鋭い水流が引き裂いた。


「許さない。よくもミシェルをっ!!」


「……だったらなんだ?どうせ貴様も竜を殺して力を得たのであろう。姑息な手を使ってな」


「竜は人間の敵です!!」


 アミラが殺意を剥き出しにした。

 しかし、竜が姿を消して二人の攻撃をすり抜けた疑問は解決していない。竜の前に対峙したアミラは杖を強く握り締めるだけで、攻めあぐねた様子を見せている。


「来ないのか?狙いはだろう?」


 竜は十字傷を傾けながら、ほくそ笑んだ。


「ーーっ!!」


 唇を固く一文字に結ぶアミラ。

 その姿を見て、竜は踏み出せない戸惑いを推測した。


「わかったぞ。貴様は先程すり抜けた理由を知りたいのだな?いいだろう、教えてやる。竜は元来、竜人化という魔法が使える。それで身体を小さくして貴様らの脇を通ったという訳だ。理解したか?人間」


「どうして……その様な情報を」


 竜が切り札にその魔法を使うという手段もあったはず。

 敵からの情けに、アミラは困惑の表情を浮かべた。


「逃げられたら面倒だからだ。苦手というのであれば、もう竜人化の魔法は使わないでやろう。馬鹿にして、苔(こけ)にして、我は貴様らと戦ってやる。さっさと無駄に命を散らすが良い」


「……後悔しない事です」


 そして竜が墜落した場所からは、ガジェートが地中から姿を現していた。彼はその余りある攻撃力ゆえ急停止が効かず、地中奥深くまで掘り進んでしまっていたのだ。


「殺す殺す殺すぅうううう!俺は竜を殺すために生まれてきた男だああああああああ!!」


 残る魔法使いは二人。


 巨悪の元。孤毒を作り出す生成魔装置の破壊の為に、竜はこの二人を倒さなければならない。

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