怒れる黒き竜。
小鳥から意識を戻した竜は、四枚の黒い翼をはためかせ大空へと舞い上がった。
人間からすれば、この地域の戦争は十五年も前に終わった過去の話だ。村に毒を流した犯人も、事態を重く受け止めた部隊の上層部も、厳粛な処罰は受けていた。
しかしーー竜にとっては一切が関係無い。
心に染み付くのは毒の生み出した、動植物の根付かない荒れた土地。その残された事実のみだ。
さらに何万年と生きる竜にとって十五年前の事など、三日前と変わらない時間の流れである。
過去と呼ぶには余りにも浅い年月だった。
ぐつぐつと竜の腹わたで煮えたぎる憤怒の猛火。
その破壊衝動が揺らぐ事は無い。
◇◆◇◆◇◆
ーー十日後。
竜は千里眼を駆使して、同じ勲章を掲げた都市と“怪しげな建物”を発見した。
(捉えたぞ)
街の上空。
闇夜の雲の切れ目から、竜は眼下の街並みに目玉を光らせていた。
壊して良い建物、壊しても良い人間、研ぎ澄まされた竜には破壊対象の全てが分かった。
この街は戦争時に敵国と近い距離にあった。言わば防衛都市だ。極端に言えば、ここに暮らす人々の全員が軍の関係者である。
立ち寄る人々も、猛毒がもたらす後遺症やそれが人の手に余る代物だという事はもちろん知っている。
毒に依存し生きる街、ここは正に毒で繁栄した国家だった。
竜は見極めた建物を凝視する。
それは頑強な城の横に存在する、納屋のような建物であったのだがーー千里眼の魔法で見通せば異常はすぐに分かる事だった。
(なんという毒の量だ……)
納屋の地下に広がるプールのような、大量の毒の溜め池を竜は見つめた。
漏れ出ない様に厳重に魔法で封印してあるようだが、最終的な管理は人の手によるものだ。少女の盲目の原因となったあの村のように、絶対安全という保証はどこにもない。
何より戦争が終わったにも関わらず、人の身に余る凶器を保持し続ける理由が竜には理解できない。
(これが漏れたらどうなるのか。この街の人間は、それすらも分からぬ愚か者の集まりなのか!!)
自然の
(何故繰り返す!何故学ばぬ!)
時期に来る何度目かの人類衰退時に。猛毒を保有するこの街の人間が、もしくはこの子孫等が、更に多くの人間や大地を死なす事など……考えるまでも無く容易に想像がついた。
雲を切り裂いた四枚の羽。
竜は街の上空に姿を現し、大地を震わす程の大声で叫んだ。
「我は破壊の神だ!破壊とは命の苗床を消滅させることでは無い!制定がある!毒による蛮行など……我は許さぬ!」
眠っていた人、愛し合っていた人、子供から老人まで。街中の人々がその怒りを感じた。
耳からでは無く、直接頭の中にだ。
心臓を凍てつかせるような底の深い声、怒りに満ちた竜の形相。そしてーー牙の奥に口中に生成された黒い火球を、人々ははっきりと見た。
「警告は行った」
竜に迷いなど無い。
増幅させた魔力により大気がゴゴゴッ!と震える。そして、口の中の灼熱の火球は完成されーー発射された。
ドゴオオオオオン!!!!!
雷が落ちたような衝撃と共に火球は街の中央に着弾した。
一帯の建物は跡形も無く爆散し、吹き飛んだ数十の建物による破片が、また二次三次の被害を生んでいく。
急な空襲に逃げ惑う人々が竜の目に映るがーー破壊の竜が手を緩める事はない。
竜は次々に火球を連発し、瞬く間に都市を火の海と化した。
「我は破壊の神。世界の理を守る者」
そして竜は急降下し、先程見据えた納屋を突き破る。
勢いで床を破壊しそのまま地下の猛毒のプールへと潜った。
「グオオオオオオ!!!」
毒の海の中、竜は急速に体内で魔力を生産した。
同時に吸い込んだ大量の毒を浄化し続けていく。
竜の体積のおよそ五十倍の毒の量だ。少しでも魔力の供給が遅れればーー竜自身も危うい立場となるだろう。
浄化の邪魔をされたくない。
その意味合いもあってか竜は街に炎を放っていた。
ピシリと。背中の鱗が数枚ほど剥がれ落ちた。
竜が想像していたよりも、この時代の人間が作った毒は殺傷性が高かったのだ。
竜は苦笑する。
(人間を壊す竜が人間の未来を守るために傷付く……これほど滑稽な話は無いであろうな)
だが、竜は不条理な役割を背負った立場から逃げ出さない。
自分の役割を受け入れ、全うするのみだ。
これが竜の言う、“己を知り、足りる”という事なのだから。
(あやつが見たら馬鹿だと笑ってしまうか。それとも無茶だと泣いてしまうのか……)
全ての毒を浄化した後、竜は炎に抱かれる街から飛び去った。
「ーー次の街」
大量に流れ込む人々の記憶を胸に、竜は闇夜を駆けていく。
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