少女は都市を満喫する。
竜は聴覚増強の魔法を使い、人間の聴覚では決して捉えることのできない楽器の音する建物を探しあてた。
着いたのは噴水広場から南東に位置する、ホール型の大型劇場だ。
この地域では見かけない奇抜な服装の男と、隠した顔のサイドから垂れた長い青髪の女。怪しまれた二人は入り口で係員に拒まれたが、金の力は偉大だった。
大量の金貨が詰まった麻袋ーーそれをジャラリと見せつけると、係員の態度は一変し貴族を扱うかのような好待遇で会場内へとエスコートされた。
二人は会場の後列に当たる座席に腰掛け、演劇の開始を待つ。
「あの、ありがとうございます。私こういうのは初めてで」
「緊張しておるのか?」
小さな物音がするたびに、少女はピクピクと背筋を伸ばしていた。
「劇は憧れだったので……私の村にも周りにもありませんからね。竜さんはよく来るんですか?」
「我が人間の俗物に興味を持つ訳なかろう。一度、興味本位で来た事があっただけだ。もっともその時は人間の格好などしていなかった。もう何万年も昔の話だ」
「竜さんって、いったいいくつなんでしょう」
「数えておらぬ」
二人の会話を絶つように演劇開始のファンファーレが鳴った。
幕が開いた舞台の中央で、一人の演者が踊りながら語りを始めた。拍車をかけるように、脇の演奏者も弦楽器に手をかける。
「は、始まりましたっ!」
内容は伝説の魔法使いが悪の魔王を倒すという、どこにでもあるようなおとぎ話だ。
竜はその舞台をつまらなさそうに見ていた。人間の思考や感情に理解出来ない部分が多いのだ。
関心は他に向いている。金管楽器や弦楽器が織りなす魔法では表現出来ない音色だ。それだけには関心があった。
「成長したのか、退化したのか。我には判断がつかぬが……」
チラリと視線を隣にやる。
少女はうん、うん、と演者の言葉や艶やかな演奏に力強く頷いていた。
「良しとしよう」
その満足気な顔を見て、竜は腹を膨らませた。
一時間後。
魔法使いは魔王を倒し、公演は無事に終わった。
観客は立ち上がり、賞賛の拍手と激励の言葉を演者に投げかける。
少女はというと、椅子に座ったまま顔を下に向けていた。
「動きが主体であった為、貴様には退屈だったか」
うつむいた少女の反応を見て、竜は少しだけがっかりした。
仲間を助ける時、なぜ魔法使いは言葉を使わなかった。魔王を倒した時、なぜ魔法使いは無言で杖を掲げた。
これでは少女には何も伝わらない。
よく見ると少女は小刻みに肩を震わせ始めている。
「リュ、リュウさん……」
「なんだ?」
「ブラボーー!!ブラボーですよ!!」
ガバッと立ち上がった少女が激しく手を叩き、周りと同じように賞賛の拍手を送った。
「……杞憂だったな」
「すごい!私感動しました!まさか、まさか最後に裏切り者が助けに来るだなんて!魔法使いさんの台詞もすごく迫力がありました!」
「フハハ!そうかそうか!驚いたという事だな!」
「はいっ!!」
少女は満面の笑みを竜に向けると、演者が言った台詞の真似をする。『私は人々を守った事などないっ!逆だ!常に心を支えられている弱い存在なのだ!』
興奮気味の少女は身振り手振りと、次々に演技を繰り返した。
(一語一句、よく覚えている)
竜は肘置きに引っかかり転びそうになる少女を見て考えた。
思えば、少女は芝居じみた行動をする事が多い。
目が見えないというのに、よく走り、よく踊る。落ち着きは無いが記憶力は良い。表情も豊かだ。目が見えていたならば、その表現力で時代の語り手を担う道もあったかもしれない……。
と思う一方で、竜は悔やんだりなどはしない。
少女は今を懸命に生きて楽しんでいる。
多くの困難に抗いながらも決して多くは望まない。
ーー人間とは、生き物とは、それで良いのだ。
微笑みを返した竜の腹が、優しく満たされる。
「フーハッハッハ!また我の計画は大勝利であったな!腹も膨れた事だ。帰るとするか」
腹を叩き満足気に席を立つ竜に対し、
「リュウさん!あのっ少し一緒に観光しませんか!!」
少女はデートを申し込む。
◇◆◇◆◇◆◇◆
南から北まで続く街の大通り。
中央にある噴水広場を突き抜けて様々な店や屋台が並んでいる。混雑する人波の中、少女はここぞとばかりに竜の腕にくっ付いていた。
「お姫様抱っこも良いですが、腕を組んで歩くというのも体験しておかなくてはー。あはー」
フードの中で幸せそうに呟く少女は、幸せに満ちた表情を浮かべていた。
「顔をこすりつけるな、首の匂いを嗅ぐな。抱えているより暑苦しいぞ」
「リュウさん知らないんですか?男の人と歩く時はこれが一般的なんですよ。チーヤお婆が言っていましたし。それに今日は杖を置いてきたので」
「うぬぅ……」
確かに。
周りの通行人にチラリと目をやると、腕を組んで歩く男女がちらほらと見えた。犬のように引っ付く少女とはかなりの温度差を感じるが。
「リュウさん!向こうに行きましょう!良い匂いが、運命が私を呼んでいます!」
「貴様の運命ほど安いものを我は聞いたことがない」
少女は鼻をヒクヒクと効かせながら、近くにある香ばしい匂いのする屋台へと竜を引っ張っていく。
「あはー」とご機嫌に笑みを浮かべながら香ばしい匂いの元、カウンターの前へとやってきた。
『派手な服が似合ってるカッコいい兄さん!よかったら食べてってよ!』
威勢の良い店主が二人に気付いて、客引きを始める。
「カッコ良い兄さんとは誰のことだ?」
「とぼけちゃってー、あんたの事だよ。キリッとした目に通った鼻筋!よっ男前!さぁ、何本焼こうか?」
セールストークをかます店主は自然な流れで、目の前の肉が刺さった串を指差した。
「毒は入っておらぬな。食べるか?」
竜は少女に耳打ちするが、
「カッコいい……リュウさんは男前……そんなリュウさんとわたしは……あはー」
ふわふわとしている少女の意識は、遥か宇宙の彼方に飛んでいる。
竜は返答を待たずに、どうせ食べるだろうと決めつけた。
「一つで良い。我は要らぬ」
「あいよ!すぐ出来っから待っててくれよ!」
店主が串焼きを一本取って火であぶり始める。
焼きたての匂いに釣られて、少女の意識がこの大地へと戻ってきた。
「ただいま帰ってきました!リュウさん、おかえりなさいは!?おかえりなさいって言ってください!」
「貴様、頭でも打ったのか?」
「ひどい!あのラブラブな私の世界はどこに行ってしまったの!?カムバック妄想!プレイバック下心!」
そんなやり取りを見て、店主が声を出して笑う。
「ハハハ!お熱いねぇ。その青い髪……抜け出してきたお姫様と、どこかの国の王様ってところだろ。俺にはわかるぜ」
フードの隙間から伸びた青い髪は毒からくる後遺症だ。
この辺りでは毒による被害が少ないのか、青い髪を軽蔑されるような言葉を少女は耳にしなかった。
店主のお世辞に対し、少女はあわあわと答えた。
「いえいえっ。私は田舎生まれの田舎育ち、お姫様だなんてそんな……でも、お姫様だったらリュウさんと釣り合いがとれるのかな……なんて。ねぇ?リュウさん?」
ピッタリとくっ付いた少女は芝居染みた吐息混じりの声を向ける。
「言ってる意味が我には理解出来ぬ」
カッコいいという褒め言葉、釣り合いが取れるという人間の恋愛感情。それに対して竜は全くの関心をもたない。
人の気持ちなど考えた事もないし考える意味もなかった。
「くぅーーっ!!効きました!今のは大ダメージですよっ!乙女心に三百のダメージです!」
「どこからその数字は出てきたのだ」
一人悶える少女は竜の腕をブンブンと振って、苛立ちを示す。
「ハハハッ!嬢ちゃんも苦労してるな。ほら、出来たぜ」
焼きたての串焼きに特製のタレをかけた肉を店主が差し出した。
竜が受け取り、少女の手に分かるように握らせる。
ハムハムと少女はそれを口にして、
「これはっ!?凄く美味しいへふっ!」
食べながら感嘆の声をあげた。
その驚きの声に竜の腹はまた満たされる。
「兄さん。仲良い所に水を差して悪いけど、串一本で銅貨二枚だ」
店主は手を差し出し対価を求めた。
「我は銅貨など持っておらぬ」
「銀貨でも釣りはあるよ?」
ガサゴソと。竜は麻袋に手を突っ込み金貨を鷲掴みにするとカウンターにジャラジャラと置いた。
その数、なんと二十枚以上。
「き、金貨!?」
「銅貨はない。これで足りるな」
竜はギロリと店主を睨んだ。
「こっ、こんな大金受け取れねぇよ!」
この街の価値に換算して、金貨二十枚とは小さな家が買える値段だ。
それを竜は威圧を込めながら、串焼き一本で受け取れというのだ。
「大金かどうかなど我には関係がない。貴様は我の腹を満たすため良い働きをした。これからも人の道を踏み外さぬように励め」
言われた店主はもう訳がわからない。
男は食べてもいないのに、腹が満たされたとはこれ一体……。竜の発言が王様のような哲学じみた言葉に聞こえる。
瞬く間に完食した少女は、指についたタレをペロペロと舐めていた。その手を掴んで竜は再び歩きだす。
残された店主はカウンターに散らばった金貨と、二人の後ろ姿を何度も確認し呟いた。
「ほ、本物の王様とお姫様だったのか?」
竜と少女は北を目指して歩いていく。
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