少女は都市に行く。
朝方。
珍しく竜は少女に頼み事をしていた。
「持ってきたか?」
「ははーっ!よしなにお納め下されーっ!お納めくだされーっ!」
少女は片膝をつき、芝居じみた体勢で竜にランチボックスを差し出す。
「……いつになく態度がおかしいな」
盲目ゆえに体の向きが若干ズレているのはいつもの事として、そのかしこまった少女の態度に竜は困惑した。
「竜輪草の薬が出来て、それでチーヤお婆の病気が治ったのです!説明しますと腰痛、肩凝り、捻挫、鼻詰まり、つまみ食い、正拳突きの速度上昇、格闘大会優勝返り咲き、自警団の指南役復帰ーー」
「待て待て、最後の方は絶対に関係が無い。そして貴様の話に良く出てくる、チーヤなる人物とは一体何者なのだ」
言いつつ、竜はフゥーと風魔法の吐息を漏らした。
ランチボックスの蓋が外れ、中身がフワフワと宙に浮かぶ。
「我は一般的な服を所望したのだが……今はこんなものが流行っているのか?貴様の着ている服より随分と賑やかに感じるのだが」
竜は改めて少女の服装を確認した。
上着は父親から貰った旅人用のローブ。転倒による怪我から守る為だろうか、丈夫な皮が使われている。皺や汚れからくたびれて見えるが、それでも破れている場所は一箇所もない。何世代も使える高価な代物だ。
その下は女の子らしい薄い桃色のワンピース。
比べて中から出てきたのは、カラフルな花柄のワイシャツ。蛍光塗料をぶちまけたようなストライプのハーフパンツ。そして金色のサンダルだ。
遥か南の大陸の孤島。その辺りに住む陽気な人間達が好みそうな、派手な服装。
「手触りで持ってきたのですが、チーヤお婆も『あんたの父親の私服のセンスは最高じゃな!』と大笑いしながら太鼓判を押していた服です」
少女は今朝方、父親にバレないように急いで服をランチボックスに詰めて持って来ていた。当然だが、目の見えない少女に服の色や柄は分かるはずもない。
「ふむ。なら良いが」
グルルと納得する竜。
幸いだったのは、竜も人間の美的センス持ち合わせていなかった事だ。
「でも、お父さんの服なんて何に使うんですか?リュウさんにはサイズが合わないと思うのですが」
「フハハハ!それは着いてからのお楽しみだ!」
いたずらを思いついたような顔の竜は、少女を背中に乗せて南へと飛び立った。
◇◆◇◆◇◆◇
最高速度で一時間の空の旅。
竜は中規模の街を遥か上空から見つける。豪奢な建造物がいくつも並んでいる貿易の街だ。
四方に伸びたどこまでも続く道は舗装がされており、行商人の馬車や通行人が物資の搬入許可書を求めて列を作っている。
「捉えた」
聴覚強化の魔法を使い竜は街から何かの音を掴んだ。
人目を避け、竜は付近の山に着陸する。
「少し待っておれ」
少女を降ろした竜は背中の鱗を一枚むしり取り、地面に置く。
(この姿になるのは何千年ぶりか)
身震いをした竜は“竜人化”と呼ばれる魔法を自身に施した。
淡い光の中。瞬く間にその巨体は縮んでいき、成人男性の体型へと変わっていく。
「これも要らぬな」
続けて竜人の特徴である二つの飛び出た物を、無造作に引き千切り捨てた。
「ん?何か足に当たりましたね」
キョトンと立ちぼうけを食らっていた少女が、足元にぶつかった
「何でしょうこれは?……押すたびにピューと、顔に液体が飛んできます。クンクン……少し生臭いですね。こっちは硬くてゴツゴツして先が尖っています」
半裸の竜が少女を見つめた。
「我の尻尾と、角だ。言い換えれば肉と骨だな」
「肉と骨ぇぇぇええええーーーーっ!?」
顔面血だらけの少女の叫び声が、山彦となって次々に山を越えて行く。
「フハハハハハ!また腹が満たされおったわ!そして案ずるな。竜人化の魔法を解けば全てが元に戻っておる」
「リュウ人化?」
竜は腕に少し残った鱗や、指先の鋭利な爪にも改良を施していく。一通り修正が終わると、ランチボックスから服を取り出し袖を通した。
これで竜はどこからどうみても人間の姿にしか見えなくなった。
ポカンとしている少女は、目の前で何が起こっているのか理解できていない。ブワッ!ブワッ!っと変な風を感じるだけだ。
「竜人化とは人の形をとる魔法だ。気に食わぬからあまり我は使わぬがな」
竜は言って、少女の手を握った。
「んぇっ!?」
「何を驚いている。これから街へ行くのだぞ?」
「街?村ではなくてですか?それよりも他の人が私の手を繋いでますよ!ほらっ!誰の手ですかこれは!?」
握られた手を少女は両手でこねくり回した。
状況が理解出来ない少女の頭の中は、想像し難いパニック映像で埋め尽くされている。
「今貴様がもみくちゃに触っておるのが我の手だ。理解できたか?」
「ほ、本当にリュウさんが人間になったということでしょうか?」
「人の形をとっただけだ。竜の先祖、つまり神は遥か昔に人の姿を模していた時期がある。ならば、竜人化の魔法が使えても何の不思議でもあるまい」
「魔法の事はよくはわかりませんがーー」
少女はスッと腕から肩に手を伸ばし竜の頬に両手を添えた。親指で、切れ長な目や整った鼻筋そして唇をなぞって確かめた。
「本当の本当に人の顔です……」
「間抜けな顔をしている場合ではない!さぁ行くぞ!」
「もう少しだけ……はぅ!?」
急に手を取られた少女は竜の肩に担ぎあげられる。
竜はもう片方の手で先程地面に置いた盾の様な鱗を持ち、街の方角に大きく跳躍した。
花柄シャツの短パンサンダル男=竜は、遠くの街を見据えながら猛スピードで山を下山していく。
「リュウさんーーおぇ!これがお姫様抱っこなのですか!?ーーおぐぅ!チーヤお婆から聞いて話より、かなり雑な感じがするんですけど!?ーーぐはっ!」
肩にくの字でかけられた少女は、竜がジャンプの着地を繰り返すたび腹に一定のダメージを受けた。
「あと二つ山を超える!辛抱しておれ!フハハハハ!フーハッハッハッハッ!!」
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