第48話

2ヶ月近く学校を休んでいたこともあり、2年生の3学期はその遅れを取り戻すのに精一杯だった。


休んでいた分のノートを加藤や愛里に貸してもらって穴を埋めて、遅れを取り戻して…っていうか、相変わらず同じクラスにノートを貸し借りできるほどの仲良いやつがいない。悲しい。


僕はひとときは世間を騒がせた時の人ということもあってか、『少しくらい奇異な目でクラスメートから見られるかな』とか思っていたが、案外普通だった。普通に僕は従来のように教室の景色の一部となって、普通にボッチをしていた。…みんな、そんなに僕に興味ないの?。


あとはバイト先の人達にもお詫びを入れたり…とにかく溜め込んでいた遅れを取り戻すのに必死だった。


関門であった期末テストも無事に乗り越え、気がつけば3学期も終わり、春休みを迎えていた。


鷲宮第二中学も僕が望の葬式やらでドタバタしているうちに取り壊され、鷲宮隊の活動も終わり、もう僕の予定を埋めてくれるのはバイトくらいしかなかった。


学校では大学受験に向けた準備を始めろとか言われるのだが、なんだかやる気になれず、僕はまたかつての夏休みのように空白の日々を過ごしていた。


流石に僕もその程度のことは慣れっこで、このくらいで焦燥を募らすこともなくなっていた。


だがしかし、部屋の机の上に放置された白紙の進路希望調査表がふと僕の目に入って、僕に選択を迫っていた。


僕はこれまでバタバタしていたこともあってか、サカもっちゃんには『まだ提出しなくてもいい』と言われていたが、三年生の初めにある二者面談の時には必ずその空欄を埋めなければいけないことになっていた。


結局、僕のやりたいことってなんなんだろう?。


そんな疑問を頭の中で反芻し、悶々とした日々を送っていた。


そんなある日、僕の携帯に珍しく一通の連絡が来た。


僕が携帯を見ると、そこには懐かしい慣れ親しんだ一文が描かれていた。


『お一人ですか?』


僕は久し振りに、愛里と遊ぶことになった。








「さくらちゃーん!!」


待ち合わせ場所で先に待っていた愛里は僕を見かけるなり大きく手を振ってくれた。


僕はなんだか懐かしさを感じつつも小走りで愛里の元に駆け寄ると、愛里の隣に同い年くらいの女子がいるのが分かった。


「さくらちゃんと遊ぶの久し振りだね!」


愛里が感極まって戯れるように僕に抱きついて来た。


僕は愛里の久方ぶりの肉体的接触に心頭滅却して煩悩を鎮めていた。


「えっと…そちらの人は?」


僕は愛里と一緒にいたもう一人の女子を見ながら愛里に尋ねた。


「誰って…サクラちゃんだよ?」


「え?」


僕が困惑していると、その女子は僕に軽く会釈をして名乗りを上げた。


「一応、久し振りって言うべきなのかな。私は槇原、もう一人のサクラちゃんです」


彼女は愛里の親友である槇原であった。


愛里の幼馴染であり、高校一年生の1学期の時、僕のクラスメートであった彼女は転校してしまった。


その当時はほぼ全く話したこともなかったし、今後関わることもないだろうと思っていたが…まさかこんな形で再会することになるとは…。


「いまサクラちゃんは春休みを利用してこっちに帰省してるんだよ」


「なるほど」


そして一通り説明した後、槇原が僕に手を差し出してこう告げた。


「よろしくね、もう一人のさくらちゃん」


「…うん、よろしく」


こうして、二人のさくらちゃんが再会したのだ。








僕ら三人は愛里を真ん中に腕を組んで歩いていた。


「どうしよぉ〜、右も左もサクラちゃんだよぉ〜」


僕と槇原に挟まれて愛里は嬉しそうにそう言った後、ドヤ顔してこんなことを宣った。


「ふふふ、これぞまさしく、両手に花ってやつですな」


僕はなんだかそのドヤ顔がムカついたので、愛里と組んでいた腕を愛里を前方に吹き飛ばすかのように振り払った。


すると槇原も同時に僕と同じことをしたのか、愛里は前方に投げ出され、バランスを崩して盛大に転んだ。


「ちょ…なにするの!?ダブルさくらちゃん!?」


「ごめん、なんか愛里さんの上手いこと言ってやったっていうドヤ顔がムカついたからつい…」


「右に同じく」


どうやら槇原も僕と同じことを思ったらしい…意外と気が合うのだろうか?。


僕らに投げ飛ばされて愛里は『酷い酷い』とわめいていた。


…今日の愛里はやけにテンションが高いな。


久し振りに槇原に会えて舞い上がっているのだろうか?。


…なんにしても、彼女が楽しそうでなによりだ。


そんな風に僕らが並んで歩いていると、近くで僕らを見ながらヒソヒソと密談する二人組のおばちゃんがいた。


「ほら、あの男の子…例の立て篭もりの…」


「ほんとだ。あんな物騒な事件起こしておいて涼しい顔して…親の顔が見てみたいわ」


内談にしては聞こえなくはない声量…確証はないけど、多分僕に聞こえるように言ってる。


ああやって仲間内で話すフリして、僕を責めているんだ。


直接言ってくるなら僕も反論出来るのだが…あくまで仲間内で話しているだけ。だから僕もなにも言うことはできない。


そもそもああいうのは実害があるわけでもないのだから放っておくのが一番だ。


そう考えた僕は気にしないようすることにしたのだが…正直な話、悔しかった。


別に悪口を言われていることが悔しいんじゃない。僕の行動の真意が伝わってないのが悔しいのだ。


僕は確かに立て篭もりなんていう暴挙に出たが、それはあくまで目的のための手段でしかない。


僕の訴えをきちんと聞いてくれたのならば、それが伝わるかもしれないが…そんなことには目もくれず、立てこもり犯という表面的なものしか見てない人には僕はただの迷惑者にしか見られないのだ。


確かに僕は悪いことをした。だけど、それに踏み切った理由も考慮せずに、ただその悪事だけを問題視されるのは…なんともやりきれない気持ちになる。


それでも、相手に自分の真意を伝えきれなかったのは僕の力不足。だから…なにも言い返せなくて悔しい。


僕が密やかに手を強く握りしめていると、愛里がそのおばちゃん達の方へ近付き、声をかけた。


「言いたいことがあるなら、はっきり言ったらどうなんですか!?」


「ちょ…愛里さん!?」


しかし、愛里は僕の制止も憚らず、訴え続けた。


「言っておきますけどね!さくらちゃんはとっても優しい人なんですよ!?。いつでも相手の立場になって、真摯に物事を考える人なんです!!。そんなさくらちゃんがなんの考えもなしに誰かの迷惑をかけるようなことはしません!!。考えて考えて!迷って迷って!…でもそれしか方法がなかったから仕方なくやったんです!!。そんなさくらちゃんがどうしてそんなことをしたのか…そうしなければいけなかったのか…あなた達は考えたんですか!?」



そんな愛里の訴えに僕がおろおろしていると、傍で見ていた槇原が僕に声をかけた。


「悪いけど、友梨奈の好きにさせてあげて」


「え?」


「友梨奈はね、君が一番頑張ってる時になんの力にもなれなくてムシャクシャしてたのよ。自分の支えになってくれたさくらちゃんに、なんの手助けもできない自分にムシャクシャしてたのよ。だから…今は友梨奈の好きにさせてあげて」


「…わ、わかった」


愛里からは僕が謹慎を食らっていた間も、望が死んでからも、頻繁に僕を気遣う連絡が来ていた。


本当は直接会って励ましたかったのだろうが、僕もホテル暮らしでなかなか会えなかったのだ。


だから愛里は久し振りに学校に戻って来た僕が授業についていけるようにやけに親身になってくれていたし…いろいろ影で支えになってくれていたのだ。


別に僕は、それに見合うようなことを愛里には出来ていないし、もう十分支えになってくれている。


だから…別にこんなことしなくても…。


そんな僕の考えとは裏腹に、愛里の訴えは続いていた。


「あなた達はさくらちゃんを理解しようとしましたか!?理解しようともせずに知ったように語れるんですか!?」


それでも…僕のためにこんなにも誰かに敵意を向けてくれる人がいるっていうのは…。


「さくらちゃんのこと知ろうともしない人が…さくらちゃんのことを知ったように語るな!!」


思わず涙が出そうになるくらい嬉しいものだ。


その後、愛里の暴走に負けたおばちゃん達は尻尾巻いてそそくさと帰っていった。


愛里はその様子を蛇のように睨みながら見届けた後、ふと我に返って僕に謝ってきた。


「ごめん、さくらちゃん。勝手なことして…」


「いや、凄いスッキリした。ありがとう」


僕は学校では基本的にぼっちだけど…どうやらたくさんの人から愛されているようだ。


最近、僕の涙腺は締まりが悪いから…もうそれだけで油断したら泣いちゃいそうだ。








「さくらちゃん、進路はどうするの?」


あの後、僕らはゆっくり話すためにファミレスに訪れていた。


「進路…まだ考えてないんだよね」


「でも進路希望調査表は書いたよね?」


「いや、僕ドタバタしてたからさ…先生に無理言ってギリギリまで待ってもらうことにしたんだよ」


「そうなんだ。大学には行くの?」


「…まぁ、特に行かない理由もないしなぁ」


そう、結局僕にはそれを断るほどの理由がないのだ。


別にそれが悪いわけではないだろうけど…なんだかなぁ。


もっと明白に『これがしたい』っていう夢があればなぁ。


「私とサクラちゃんは都内にある同じ大学に受験することにしたの」


「今の私達にはちょっとレベルが高いけど、二人で行くために受験頑張ることにしたのよ」


「そうなんだ…」


愛里は…目標決めたんだな。


加藤も僕との勝負に負けてなにかに『人生賭ける』って決めたし…そういえば、姫浦はどうするんだろう。


あの立て篭もり以来、姫浦とは文通もなにも連絡していない。


そもそも、鷲中も取り壊され、鷲宮隊の活動も幕を閉じ、僕らを繋ぐものはなにもなくなってしまったのだ。


だから…あれ以来、ほとんど会話もしていない。


…まぁ、今度機会があったら聞いてみるか。


「それで、さくらちゃんもせっかくだから一緒の大学受けない?」


愛里が僕にそんなことを尋ねて来た。


「うーん…考えとくよ」


たぶん、今の僕に必要なのは将来の夢。目指すべき目標。


それはわかっていても…僕にはこの人生のチップを賭けてもいいと思えるほどやりたいことなどない。


正直、夢なんてなんでもいいと思う、夢に優劣なんてないから…。


だから、なんでもいい。


だけど、『なんでもいい』って思えるようじゃダメなんだ。


そこへ向かって走ることに、迷わないほどの理由が欲しい。


僕がぼんやりとそんなことを考えていると、愛里がトイレに行くために席を離れた。


僕と槇原が二人っきりになった隙を伺っていたのか、槇原がふとこんなことを尋ねて来た。


「ねぇ、君は友梨奈のことどう思ってるの?」


「どうって?」


「もちろん、異性としてどう思ってるかってことよ」


「うーん…簡単には答えられないなぁ。もちろん愛里さんのことは好きだよ、異性としても。だけど、その異性として好きっていうのはあくまで『愛里さんでもいい』っていうレベルの好きでさぁ…はっきり言って僕のその『OOでいい』っていうラインはかなり低い。それなりに仲良くなれば大体の人はそのラインには達すると思う。だから、その程度の好きでどうこうするのは…失礼だと思うんだよね」


「ふーん…でも、付き合ってみないと分からないことも多いよ?。付き合えば友梨奈のこともっと好きになるかもしれないし。それにお互い本当に好きで付き合うとも限らない、相手をもっと知るために付き合うのだってアリだと思うけど?」


「でも…どうしても恋愛しなきゃダメってわけでもないし…」


「そうだね、確かに恋愛なんかしなくても生きていける。でもさ、君は本当は誰かを好きになれることに憧れてるんじゃない?そんな気持ちに、一生目を背けることが出来るの?。そんな生き方で、君は幸せになれるの?」


槇原の言葉に、僕はなんとなく立て篭もりの時のの自分の言葉が頭によぎった。


確かに恋愛なんかしなくても生きていける。でも、誰だって少なからず素敵な恋に憧れている。愛し合うことを求めている。


僕はそんな気持ちに蓋をして、知らんぷりして、幸せに生きていけるのだろうか?。


…ダメだ、考えなきゃいけないことがいっぱいで、そこまで考える余裕もない。


今は優先すべきは進路…将来の夢だ。


この2年間、ボッチなりにいろんなことがあったと思う。…うん、本当にいろんなことがあった。


それでも、僕は夢を見つけられなかった。


結局、僕の夢ってなんなんだろう?。


僕のやりたいことって、なんなんだろう?。


僕のその悶々とした疑問は晴れることなく、僕らは新年度を迎えた。


僕達はラストチルドレン、僕達が歩くたび、道は途絶え、世界はまた景色を失う。


そんな僕達が、とうとう高校三年生になった。


当たり前のようにこの世界に高校生がいる最後の一年…だからといって僕らの物語が特別になるとは限らない。


それでもとうとう始まってしまうんだ。最後の一年が…人類最後の青春譚が…。

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