第47話
全ての命に意味があるとするならば、望は何のために生まれてきたのだろうか?。
何の慈悲もなく、あっけなくネームレスになってしまった望の葬式で、僕はふとそんなことを考えていた。
もしもこの世界で、望だけがネームレスとならず、名前を授かれたのなら、僕らが担うはずだったラストチルドレンの宿命は望一人に託されることになるだろう。
この世界で…たった一人で…。
それと比べたら僕達はまだマシだ。同じ境遇の仲間がいるから、誰かと支え合って生きていける。
だげど望は…その全てを一人で背負わなければいけない。
ただでさえ未来に光を見出せなくて、僕らは希望を持てないのに…望がたった一人だけのラストチルドレンになったのなら…望は僕らの希望になってくれても、望に希望はない。
だから…こんな世界になんか産まれたくない。
望の産まれた役目は、僕らにそれを伝えるため…。あの安らかに眠るような死に様を見てたら、そんなことが頭を過ってしまう。
『それでも生きて欲しい』と叫ぶのは…本当に自分勝手なエゴでしかない。
…いや、そんなのはあくまでもしもの話だ。
望がネームレスにならなかったのなら、必ず望に続く子供が産まれるはずだ。望が一人になるなんてことはない。
じゃあ、望の命の意味はなんだったんだろう…。
沢山の人の期待を背負って、人類の滅亡に立ち向かって…結局なんの成果もなくあっけなく死んで…。
そんな望の命に意味があるとするならば、それは…『どんなにあがいても人類滅亡は避けられない』という事実を僕らに再認識させるため…。
僕らがラストチルドレンであることを認めさせるため。
皮肉にも望の命の意味は、僕らに絶望をもたらすことだったのかもしれない。
葬式はただ、粛々と進められた。
望がネームレスとなってしまってから、姉は傀儡のように無気力になっていた。…流石の姉でも当然っちゃ当然だけど。
誰の言葉も右から左へ受け流し、どんな慰めも暖簾に腕押し…正直、見てられないほど憔悴仕切っていた。
僕も僕で、呆気ない幕開けに虚しさだけが込み上げ、涙すら出なかった。
それと同時に心の中の火が消えてしまった気がした。
それはきっと、鷲宮第二中学も守れず、望もネームレスとなってしまって、目指すべき目標がなくなってしまったからだと思う。
結局僕は、何がしたいのだろう?。
僕が目指したいゴールってなんなんだろう?。
僕の夢って、なんなんだろう?。
そんなことをぼんやりと考えていた。
一方、結局期待させるだけ期待させておいて、あっけなく子供をネームレスにしてしまった姉に対して、世間の声は冷たいものだった。
『やっぱり無謀な挑戦だった』、『どうして周りは姉の愚行を止めなかったんだ』、『どうせこうなることがわかっていたなら…子供なんて産まなきゃよかったのに』。
テレビやネット、そして僕らの周りの現実でもそういう姉を非難する声が途絶えなかった。
正直、そういう声に対して、反論の余地はなかった。
きっと、誰も間違ったことなど言っていない。だから、僕らを非難する人を否定することはお門違いだ。
じゃあ、間違っていたのは僕らだったのだろうか?。
理不尽に抗って、不条理に立ち向かうことは間違いなのだろうか?。
僕らの戦いに、意味はなかったのだろうか?。
そんな後ろ向きな疑問が頭から離れない。
僕は気分転換に葬式会場を離れて、外の空気を吸いに行った。
2月が間近に迫った冷たい空気が僕の肺に突き刺さる。
風まで僕らに冷たい…嫌になる。
僕が真冬の空にその身を震わせていると、ひとりの男が僕の元にやってきた。
その男は僕と目を合わせると、僕に対して深々とお辞儀をしてきた。
「この度は…お力になれず申し訳ございませんでした」
その男は喪服姿に身を包んだ対ネームレス専門機関のリーダーの立花先生であった。
白衣を脱いで身を黒に染めるその医者の姿に、僕はなんともやりきれない思いに駆られた。
きっと…医者って喪服を着た分、黒星が積み重なるんだろうな。
僕が無気力にそんなことを考えていると、立花先生は僕に話をしてきた。
「君から瑠美さんに伝えて頂きたいことがあります」
「僕から…姉さんに?」
望を助けられなかったことに対する謝罪か?。
そうだとしたら、そんなものに意味は無いからやめてほしいものだ。
僕がそんなことを考えていると立花先生はこんなことを話し始めた。
「望くんをネームレスにさせてしまったことは本当に申し訳ございません」
ほら、やっぱり謝罪だ。
僕がため息を吐こうとしたとき、立花先生はさらにこう言葉を続けた。
「それと…それを覚悟して出産に踏み切っていただいたことを、心より感謝しています」
「…どういう意味ですか?」
立花先生の言葉の意図が分からなかった僕は問いただした。
「望くんは確かに亡くなってしまいました。まだ生まれたばかりで、喜びも知らずに、悲しみも分からずに…それでも、望くんの記録はデータとして残ります。私の経験として残ります。記憶として残ります。今はまだ難しくても、この経験と記録を積み重ねて…いつか必ず私が次の命へと繋げてみせます。ですから、そのためのチャンスを下さった君のお姉さんと望くんには感謝しています」
望は死んだ。生まれて間もなく、死んだ。1時間もこの世界に触れることは出来なかっただろう。だから、僕らに残したものは絶望だけなんだと思っていた。
だけど、この人が約束してくれた。望の命を次に繋げるための架け橋にしてくれると約束してくれた。望の命は無駄なものなんかじゃ無いと言ってくれた。
それはこの世界にはほんのちっぽけで些細なものなのかもしれない。目に見えるほど分かりやすいものなんかじゃ無いかもしれない。
それでも、それでも…望の命は無駄なんかじゃ無かった。
形は違えど、望の命はちゃんと受け継がれているんだ。
本当に小さくて、些細で、ちっぽけで、微々たるもので、取るに足らないものかもしれない。
だけど、それでも僕は…その言葉に救われた気がした。
「どうか、望の命に意味を与えてあげてください」
「いつか必ず、望くんの命の意味を証明してみせます」
「ありがとうございます」
僕は深々と頭を下げた。
そんな僕を見て、立花先生は突然、独り言のようにこんなことを吐き出した。
「だけど…今のままではデータが足りなさすぎる…」
「…データ?」
「あ、いや、すまない。なんでもない」
僕に聞かせるつもりはなかったのか、立花先生はバツの悪い顔をした。
「…話だけでも聞かせてもらえませんか?」
気まずそうに隠す立花先生が僕は気になったので率直に聞いてみた。
「…こんなことを言うのは倫理的にどうかと思うのだが…」
先生はそういう前置きをした後に、僕に渋々語り始めた。
「当然のことながら、子供が死ぬとわかって出産に踏み切る人は少ない。日本ではそれを決断したのは君のお姉さんで2年ぶりのことだ。そうなるとサンプルが少な過ぎてもはやネームレス現象のデータを取ることすらままならない。ネームレス現象は今のところは人間にだけみられる現象で、動物実験も出来ない。だから事態の大きさに反してデータが一向に集まらない。データが無ければ我々もできる対策が限られてくる。だから医者としてはもっと出産に踏み切ってくれる人が増えて欲しいんだが…それは言うなれば子供を人体実験のために産んでくれと言っているようなものだ。…そんなこと、口が裂けても言えまい。最近ではクローン技術も進歩して、クローンで胎児を作り出してもネームレス現象が起きることが確認されているが…それも倫理的には許されない。…なんにしても、このままじゃ八方塞がりなんだよ」
話を纏めると、ネームレス現象のせいで誰も子供を産まなくなったため、そのデータが取れず、研究が捗らないということだ。
だからと言って、出産を促すのは難しいもので…。
「それでも、必ずネームレス現象を食い止めてみせる。…だから、君も未来に希望を持って欲しい」
立花先生は僕に最後にそう言い残してその場を去って行った。
立花先生が最後にそう言ったのは、おそらくニュースか何かで僕が起こした立て篭もり事件の際、僕の言葉を聞き届けてくれたからなのだろう。
届いたか届いてないかもわからない僕の声は、決して世界を変えるようなものではなかったのかもしれない。
それでももしかしたら世界は僕には分からないほど、小さく、それでも着実に前に進んでいるのかもしれない。
数日後…姉は望のお墓の前に静かに佇んでいた。
なにを喋るでもなく、ただ静かにそこでジッとしていた。
僕も立て籠り事件やらなんやらのほとぼりが冷めるまで学校にも行けず、暇を持て余していたので姉の隣に寄り添って、姉の気がすむまでそこにいた。
姉は望がネームレスとなってしまってから、もう何日もまともに口を開いてない。
あのハリケーンのように騒がしかった姉が…姉ですら、こんなに憔悴仕切ってしまうのだ。
こうなることがわかっていたら、そりゃあ誰も子供を産もうだなんて思わないだろう。
だけど、いつまでもここで悲しんでいるわけにはいかない、そろそろ姉にも立ち上がってもらわないと…。
陽が傾き始め、あたりが薄暗くなっても、姉は望のお墓から動こうとはしなかった。
「姉ちゃん、そろそろ帰ろう。…風邪引くよ?」
2月の寒空にずっと晒されていた姉を気遣って、僕は座り込む姉にそう声をかけた。
しかし、姉に反応はない。
流石に僕もそろそろ無理やり姉を連れ出そうと考えたその時、姉が口を開いた。
「望の死に対して、私は二通りの解釈ができると思う」
「…二通り?」
久方ぶりに口を開いた姉の言葉に僕は耳を傾けた。
「一つは…私達にどうあがいてもネームレスに対抗することは出来ない、受け入れるしかないと私達に教えるために望は死んだという解釈」
「…確かに、あの死に顔を見てたらそういう風に思っちゃう」
望は徐々に徐々に衰弱し、安らかな顔をして天国へと旅立った。…それはまるで、そうなることがさも当然のように…満足したかのように…死ぬことを望んでいたかのように…。
「でも、私には分かる。望は私のお腹の中にいた時、お腹を蹴って動き回って…何度も何度も私に教えてくれた。『生きたい』って伝えてくれた。だから、望は死を望んでなんていなかった。望は苦しくても、辛くても、泣きたくても、叫ぶことができなかっただけ。本当にそうかはもう証明はできない。望はいないから分からない。でも、絶対に『生きたい』って願った!。私にはちゃんとそれが伝わった!!望は生きることを望んだんだ!!!」
「…うん、姉ちゃんが言うなら間違い無いよ」
もうこの世には姉以上に望のことを理解していた人はいない。
だから姉の言葉はただのまやかしかもしれないけど、誰も姉の言葉を否定することはできない。
「だから、望は私達に絶望をもたらすために産まれたんじゃない!!!望の命がそんなもののために費やされたなんて、私は絶対に認めない!!!!望の命が無意味なものだったなんて、私は絶対に許さない!!!!。きっと私がここで諦めたら、望の命は無駄になる!!!!そんなの絶対嫌だ!!!!!」
「…じゃあ、もう一つの解釈っていうのは?」
「もう一つは、この方法ではダメだっていう解釈。私は諦めるつもりなんて無いけど、無策に突っ込むのはもうやめる。ちゃんとできることを考えるよ」
「うん、姉ちゃんらしくていいんじゃない?」
ようやく元気を取り戻した姉を見て、僕は思わず笑みが溢れた。
その後、姉は再び望のお墓に向き合い、涙を流した。
「ごめんね、ごめんね、望。なにも与えてあげられなくてごめんね、全然抱っこ出来なくてごめんね、全然一緒に話せなくてごめんね、全然愛してやれなくて、ごめんね…ごめんね」
そして、望のお墓にピッタリと額を当てて言葉を続けた。
「本当は望が望んでいることをしてやりたいんだけどさ…お母さん、馬鹿だから望のなにを願ってたかも分からないんだ。だからごめんね、望の願いは私が勝手に解釈しちゃうね」
最後に姉は望にこう声をかけた。
「お母さんは、これから先もずっと、ずっとずっと…望を愛してるから。だから…ちょっとお別れだ」
こうして、姉は再び前を向き始めた。
望が本当になにを望んでいたのか、僕らになにを伝えたかったのか…そんなことは誰にもわからない。
だから、僕らが勝手に決めるしか出来ない。
自分の都合のいいように解釈して、自分のために考えて…。
それが本当に望のためになるかどうかなんて誰にもわからない、それでも…これはきっと、悪いことではないはずだ。
そう信じることだけが、今は前に進む術なんだ。
時は流れ、2月も終わりに差し掛かった頃、ようやく僕らの起こした騒動のほとぼりが冷め、姉は仕事に戻り、僕と母と父はようやく家に帰って来た。
そして…
「それじゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃい」
僕は大体2ヶ月ぶりにようやく学校に登校することが可能となった。
学校までの道のりの何気ない景色がやけに新鮮に感じる。
結局、僕らは戦いの果てになにを得たんだろう?。
確かなものなんて、何一つとして得た気がしない。
たくさんの人を巻き込んで、たくさんの人に迷惑をかけて、たくさんの人に助けられて…。
それでも、不思議と自分のやったことに後悔はなかった。
確かな結果なんて何一つとして与えられていない。だけどそれでも、これからの人生で結果を勝ち取ることができる…そんな予感がしたから。
こうして僕らの家族の戦いは、ひとまず幕を閉じたのであった。
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