第44話

事件の後、僕は学校から無期限の謹慎処分を言い渡された。


しかし、サカもっちゃん曰く、それはあくまで建前で、本当の目的はほとぼりが冷めるまで僕を必要以上に外に出させないことと、もう直ぐ産まれるであろう姉のお産に付き合うための時間を僕に与えるためだった。


『少なくとも、学校としては君のやった行いを評価することはできないけど、悪いようにはしないつもりだ』


サカもっちゃんがそう言ってくれたので、その方面に関しては心配はなかった。


「やあやあ、世間を賑わすヒーローさんよ、元気かね?」


「その呼び方やめてよ、姉ちゃん」


そういうわけで僕は姉の入院している病院を訪れ、病院の一室で、姉は僕を見かけるなりそう話しかけてきた。


姉はいま、家にいられなくなったため、コウノトリ制度を利用して国の援助を受けながらこの病院に入院しているのだ。


「そう謙遜するな、弟よ。屋上で姫浦ちゃんと並んで語るお前の姿はカッコよかったぞ」


「でも、そのせいで姉ちゃんにも迷惑かけてるし…」


「気にするな気にするな、姉ちゃんは普段からお前なんぞの100倍は迷惑かけとるわ」


「それでも…ごめん、こんな大切な時期に…」


姉のお腹の子供の予定日はもう間近…本当にいつ産まれてもおかしくない。


よりにもよってこんな大切な時期に…僕は事件を起こしてしまったのだ。


姉は口ではこんなことを言いつつも、精神面では負担になっているかもしれない。


そう考えてしまうたびに、僕は姉への罪悪感を募らせていた。


そんな時、ふと病室に設置されていたテレビから僕の事件に関するニュースが流れてきた。


『続きましての話題は先日解決されました鷲宮第二中学立て籠り事件についてです』


そのお昼のニュース番組では今回の事件のことを細かくお茶の間に伝えていた。


『やはり4階から机を落とすなど、凶悪は一面が垣間見れますね』


その番組では机が落とされたなどの出来事を中心に今回の事件は『現代の子供は罪の意識が欠けている』という議題をメインテーマに話が進められていた。


…確かに、僕は罪の意識に欠けていたかもしれない。他のみんなだってそうだ、まるで悪いことした自覚がない。だから、今回の事件をそう捕らえられるのも無理はない。


だけど…僕が事件を起こしてまで伝えたかったことはそんなことじゃない。


その番組ではまるでそれが意図されているかのように今回の事件の凶悪性や事件性だけが語られていた。


『罪の意識がどうのこうとか』、『最近の子供はどうのこうとか』…僕の主張には全く触れられないまま、話が進んでいた。


僕は、知っていたはずだ。


メディアという存在が一番重視しているのは話題性だ。


どれだけ世間が注目するか…どれだけ視聴率が取れるか…どれだけ数字が稼げるか…。


あくまで商業目的で報道している彼らにとって一番大事なのは、そのための話題性だ。


だから事件や出来事はどれだけ話題性を生むかのフィルターを通した後、主義や影響力や尊厳を無視して話題性だけを残す。


奴らはただ話題性が欲しいだけの化け物。


彼らにとって、僕の主張などどうでも良いのだ。


声を多くの人に届けるためとはいえど、こんな奴らに期待した僕が愚かだった。


そんな自分の無力さに僕が行いを悔いていると、姉はこんなことを言い始めた。


「…やっぱりクソだな、アイツらは」


そうこうしているうちに、番組では姉への批判へと飛び火していた。


姉の自分勝手な行動を散々罵倒した後、しまいにはこんなことを言う奴も出てきた。


『犯罪者の子供は産むな』


きっと…全部僕のせいだ。


「ごめん…姉ちゃん…ごめんなさい…」


僕はただ…謝ることしかできなかった。


そんな僕を見かねて、姉はおもむろに携帯を取り出し、誰かに電話をかけた。


「もしもし?私です、瑠美です。以前依頼された件、やっぱりオッケーしていい?。……分かった、それじゃあ今日早速来て欲しいんだけど…。うん、ありがとう」


姉はそれだけ言って通話を切った。


「…誰に電話したの?」


「マスコミがダメなら…もっと他の方面に訴えるべきだ」


「…どういうこと?」


「私ももう流石に黙ってられん。この子のために、言いたいことは言わなくちゃ」


「…誰に言うの?」


「言いたいことも言えないこんな世の中じゃ毒だからな、身体に」


「だから誰に言うの?」


結局、姉は僕の質問には答えてくれないまま、1時間ほど経過した。


「失礼しまーす」


そう言って、姉の病室に入って来たのは、僕の通う鷲宮東高校の制服を着た二人組の女子高生だった。


学年を示すリボンの色を見る限り、どうやら2人は僕と同じ2年生のようだ。


「姉ちゃん、あの2人は?」


「あの子達は…ユーチューバーだ」


「…え?ユーチューバーって…あの動画投稿してる人の?」


「そうだ。商業目的のマスコミよりも、こういう影響力のある個人が発信する情報の方が余計なフィルターを通すことなく言葉を発信出来るはずだ」


「…まぁ、確かにそうかもしれないけど…」


姉の言うことは一理あるが…いくらなんでも急すぎる…。


そんな戸惑う僕を差し置いて、女子高生二人組は自己紹介を始めた。


「どうも、初めまして。ラスト女子高生…略してLJKのマキでーす!」


「同じくLJKのミカでーす!!」


マイクを持った方がマキと名乗り、カメラを持った方がミカと名乗った。


その後、マキが僕に話しかけてきた。


「一応、同じ学校の同級生だけど…初めましてかな、櫻井光輝君。一応私達は『人類最後の女子高生がOOやってみた』っていうシリーズで動画投稿してるんだけど…私達のこと知ってますか?」


「えっと…ごめん、知らない…」


僕の正直な言葉に、彼女達は膝から崩れ落ちてその場に倒れこんだ。


「同じ学校の同級生にすら知られていないとは…」


「所詮、登録者数10万人程度じゃ、その程度ってことですね…」


「えっと…よく分からないけど、ごめんなさい」


僕は目の前で落ち込む2人にそう声をかけた。


「えっと…それで…これから僕らをカメラで撮って取材するってことでいいのかな?」


「いえ、もうすでにカメラに撮ってます」


「うそぉ!?もう撮ってるの!?」


「はい、しかも生放送です」


「しかももう配信してるし!!。…じゃあ僕、もうすでに顔も配信されてるの!?。登録者数10万人にもう顔を見られてるの!?」


「大丈夫大丈夫。光輝君、すでに私達より有名人だから」


「そうそう、ネットでチョロっとエゴサーチすれば光輝君のクソみたいなコラ動画いっぱい出てくるから」


「え?僕って知らぬ間にそんなにネットを騒がせてるの?」


「じゃあ、そろそろ撮影も本番に入りましょうか」


「待って、僕の肖像権の話、もっとさせて」


しかし、そんな僕の声を無視して、2人はカメラの前にポーズを取ってこんなことを語り始めた。


「はーい!それじゃあ今日もやっていきましょー!『人類最後の女子高生がOOやってみた』シリーズ!!。今日は人類最後の女子高生が話題のあの人達にインタビューしてみました!!」


「それでは…早速登場してもらいましょう。みなさんお待ちかね、今世間を騒がせている話題の姉弟…櫻井光輝君と姉の瑠美さんでーす!!」


そう言うとカメラを持ったミカは僕らにカメラを向けた。


僕が恥ずかしそうにはにかむ中、姉は満面の笑みでダブルピースをしていた。


「それじゃあ、視聴者さんからの質問をして行こうと思います。…えっと…とてもたくさん質問が寄せられていますが…どれにしましょうか…お?じゃあまずはこの質問にしましょう。お二人はどうして妊娠や立て篭もりなんてしたんですか?」


そんなマキの質問に、まず姉が答えた。


「私が子供を産もうと思ったのは、最初はネームレスなんかで自分の選択肢が狭められるのが嫌だったとかそういう反骨心があったからかもしれません。ですが…この子が私のお腹の中で大きくなるにつれて、だんだんそんなこともどうでもよくなってきて…いまはただ、この子と出会えることを楽しみにしています」


「ステキなコメントをありがとうございます、瑠美さん。…では、光輝君はどうして今回の立て篭もりを?」


マイクを持ったマキが僕にそう尋ねてきた。


「えっと…僕は…ただ世間に訴えたかったんです。いずれ終わることを認めた世の中で良いのかって…そんな未来に夢を持てるのかって…」


「はい、私もそれはテレビを通して拝見させていただきました。あの時の堂々とした立ち振る舞い…カッコ良かったですよ」


「だけど…僕のやったことはただの犯罪行為に過ぎなくて…学校関係者や解体業者とか、警察とか色んな人に迷惑かけて…特に家族には本当に申し訳ないって思ってます。おそらく親には工事を中断させたことによる賠償金が請求されるでしょう。おまけに、僕が騒ぎを起こしたせいで家に帰ることも出来なくなって…ホテル暮らしを余儀なくされて…さらに姉ちゃんまで巻き込んじゃって…本当にごめんなさい」


僕はいまにも泣き出しそうな弱々しい声で謝罪の言葉を述べた。


「僕が馬鹿でした。自分のやった事がこんなに大事になるだなんて思ってませんでした。そのせいで家族には迷惑をかけて…姉ちゃんが一番大切な時に…こんな迷惑をかけて…ごめんなさい…本当にごめんなさい。姉ちゃん、ごめんなさい」


僕は目の前にあるカメラのことなど忘れて、罪悪感で体を震わせながら姉に何度も謝罪の言葉を述べた。


そんな僕に、姉は優しい声で話しかけてきた。


「私に謝らなくてもいい、光輝」


「でも…本当にごめん…姉ちゃん」


「だから、私に謝るな」


「でも…」


「いいから!!私に謝るんじゃない!!」


突然、姉は僕に怒鳴るように大きな声をあげた。


側で見ていた旦那さんが姉のお腹を心配してオロオロする中、姉は僕に向かって語り始めた。


「私に謝るな!!光輝!!。確かにお前の行なったことは犯罪行為なのかもしれない!!私達家族だけじゃなく、多くの人に迷惑をかけた自分勝手なエゴなのかもしれない!!お前のやったことは許されないことかもしれない!!だけど…だけどな…」


そして姉は病院という場所も弁えずに僕に向かってこう叫んだ。





「だけど…それでも私は、お前の言葉に感動した!!!!!」





「…姉ちゃん」


「私はお前の勇気に心打たれた!!!お前の想いに涙を流した!!!お前の言葉が琴線に触れた!!!だから私に謝るな!!!!」


「…ねえぢゃん…」


僕はそんな姉の叫びに、涙を流さずにはいられなかった。


その後も、姉はよほど鬱憤が溜まっていたのか、カメラの奥にいる世間に向かって激しい主張を始めた。


「いいか!?。私の弟はな!決して自分のために事件を起こすような奴じゃない!!!。私の弟はな、世界一優しい人間だ!!!常に人の気持ちを思いやり、人のために動く人間だ!!!。私が自分勝手なわがままで周りを巻き込んだ時、真っ先に駆けつけてくれるのは光輝だ!!!。最後まで私に親身になってくれるのはいつだって光輝だ!!!。私の大きくなるお腹をいっつも心配そうな目で見て、一番私の心配をしてくれるのは光輝だ!!!。そんな私の自慢の弟が!ただの売名行為だとか!ただ世間から注目を集めたかったとか!普段の生活の憂さ晴らしにひと暴れして見たかったとか!そんな程度で学校に立て籠もるなんていう暴挙を実行するわけねえ!!!!。私の弟は、世界一良いやつなんだよ!!!!!そんな弟が、色んなことを覚悟した上で!自分の愚かさを理解した上で!誰かに迷惑をかけることを承知した上で!こんな犯罪紛いの行動に出なきゃいけなかった理由を考えろ!!!!!。私の弟が!こんな愚行に走らざるを得なかった訳を考えろ!!!!!今回の事件で、非難するべきは本当に光輝なのか!?!?!?そうじゃねえだろ!?!?!?」


僕の隣で僕のことをここまで語ってくれる姉に、僕は涙が止まらなかった。


「いいか!?例えお前らが何と言おうと!誰が光輝を否定しようと!光輝は私の自慢の弟だ!!!私の誇れる家族だ!!!!光輝のことを何も知らない奴が、光輝のことを偉そうに語るんじゃねえ!!!!!!」


息を切らしてそう叫ぶ姉の隣で、僕はカメラなど構わずワンワンと泣きじゃくっていた。


よく見ると、カメラを構えていたミカも薄っすらと涙を浮かべていた。


「迫真の演説をありがとうございます」


マキも姉の言葉が響いたのか、その声にはどこか敬意が込められていた。


「失礼を承知で、あえて聞かせてください。瑠美さんに対して『子供を産むな』とか『堕ろせ』とからそんな声がチラホラ見受けられます。…そんな方々に伝えたいことはありますか?」


マキの質問に姉は一旦心を落ち着かせて、語り始めた。


「この子はヤンチャな子です。事あるごとにお腹を蹴ったり、お腹の中で動いたり…そうやって私に『生きてるよ』って教えてくれるんです。まだ私のお腹の中に隠れているだけで、この子はすでに生きてるんです。そんな小さな命に、『どうせダメなだから今のうちに死ね』って言うんですか?。それは目の前に生きている人に『どうせ死ぬから今のうちに死ね』って言っている事に他なりません。それでもあなたはこの子に『死ね』って言えるんですか?。…この子は、もうすでに生きているんです」


そして姉は落ち着いた優しい声で、こんなことを口にした。





「だからどうか…この子に産まれるチャンスを与えてあげてください」





その言葉を聞いたマキとミカは涙腺に限界が来たのか、とうとう泣き崩れてしまった。


「うわああああああああん…こんなのズル過ぎるぅぅぅぅぅ!!!!!」


「もう無理ィィィィ!!!涙でリポートなんて出来ないィィィィ!!!!」


泣き崩れてリポートどころではなくなった2人だが、プロ根性でなんとか最後に一つ、視聴者からの質問を姉にぶつけた。


「ズバリ、最後にお聞かせください。…その子の名前はなんですか?」


そんなマキの言葉に姉は少し目を閉じて考えるそぶりを見せた後、口を開いた。


「この子の名前は…今の今まで色々迷って決めかねていました。…でも、ようやく今、決心が付きました」


姉はそう言って僕の方を見て、にっこりと笑った後、僕に語りかけるようにこんな言葉を口にした。


「光輝、お前が光なら、きっとこの子は希望だ。だから…この子の名前は『のぞむ』。希望の望って書いて『のぞむ』です」


こうして、僕らへのインタビューはこれから産まれる子供の名前で幕を閉じた。


僕らの叫びが、世界を変えることはない。


だけどそれでも、きっと誰かの心には届いていて、いつかもっと大きな光になれる…そんな気がしてならなかった。

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