第43話
立て篭もり6日目…。
この日は朝から騒がしかった。
外では仰々しくライオットシールドなどで重武装した警官隊の集団が見受けられた。
「流石にたったの三人相手にあれは大人気ないだろ」
窓の外から様子を見ていた時田がそんなことを呟いていた。
流石に立て篭もりを始めてから一週間近く…もう警察も痺れを切らす頃だろう。
「僕達、逮捕されるのかな?」
「凶悪な重犯罪を犯したわけじゃないんだ。少年法のお陰で恐らくは重くても家庭裁判所で保護更生のための軽い処罰で済むはずだ」
僕の質問に時田がそう答えた。
「じゃあ、私達に刑罰は与えられないの?」
「あくまで推測の域は出ないが、刑罰まではないだろう。せいぜい保護観察が付くくらいじゃないか?」
姫浦の質問に時田がそのような回答を返した。
刑罰まではいかないと時田に言われて少し安心していた僕らに時田がこんなことを告げた。
「それよりも心配するべきは個人情報の流出だろうな。今は携帯の電源も切れてて確認出来ないけど、櫻井と姫浦は前に屋上で全国に顔を晒したからな。お前らの名前は全国に知れ渡ってるだろうな。…下手すればネットで散々叩かれた挙句、変なコラ画像とか作られてネットのおもちゃにされてるかもな」
「うーん…実害が出ないならいいけど…」
「悪質なやつは住所まで特定して、お前の家に嫌がらせしに来る可能性もあるからなぁ…まぁ、頑張れよ」
「他人事だなぁ」
「そりゃあ他人事だからな」
そうは言いつつも、ここまで残ってる時田も十分加害者側の人間だ。
恐らくは自分にも何かしらの災厄が降り注ぐことは覚悟しているだろう。
時田は賢いやつだ。それくらいわかっているはずだ。
時田は勉強が出来ることは勿論だけど、それ以外にも強かな賢さを持っている。
中学の同級生に『一番頭が良かったやつは誰?』って尋ねたら、多くの人が『時田』と答えてただろう。そういう他にも認められるような頭の良さを時田は持っていた。
僕なんかじゃなくて、こういう奴が代わりに動いてくれたらなぁ…。
僕は時田を見ていると、時々そんなことを考えてしまう。
中学時代、僕と時田は別に仲良くは無かった。…そもそも、仲良かったやつが少なかったけど。
だけど、時田とは中学2年生の時、一度だけ同じクラスになったことがある。
勉強ができて頭が切れる時田は人との距離感を取るのも上手く、それなりに人気者だった。
当時の僕は時田とは直接関わったことがほとんどなかったため、勉強が出来るやつくらいの印象しかなかったが、『こいつ、頭いいな』と思い知らされたエピソードがある。
それは別に時田が大々的に何かやったという時ではなく、普段の何気ない時田の一言であった。
『時田君って頭いいよねぇ』
とある女子生徒が時田にそう話しかけたのだ。
その時、僕はたまたま近くにいたので会話が聞こえていたのだが、他人に『頭いいよね』って言われた時の返事というのはなかなか難しいものがある。
『頭がいい』と認めれば偉そうだし、それを否定すれば嫌味に聞こえる。
答えようもない言葉で返事に困る言葉だ。
そもそも、この言葉の意図が分からないし、はっきり言ってこの言葉に意味も無いと思う。なんて言って欲しくてこんなこと言うんだ?。
時田ほどではないが僕もそれなりに勉強が出来る方なので、言われたことがなくはないが、正直、返す言葉に困るのでなるべくなら言われたくない一言だ。
せいぜい嫌味にならない程度にユーモアのある返事をするのが僕には関の山だったが、時田の回答はそうではなかった。
時田は『時田君って頭いいよね』という返事のしようもない投球にこう返したのだ。
『そこに気が付ける君も頭いいよね』
…打ち返した!?。
側で聞いていた僕は相手の打球を拾い上げつつそのまま打ち返した時田を思わず凝視しつつ、その綺麗な返球に思わず感心してしまった。
これが僕が初めて時田を『頭がいい』と思った瞬間であった。
他にもいくつかエピソードはあるが、真っ先に思い浮かんだのがそれだった。
そういう経験を積み重ねて、とにかく時田には『頭がいい』というイメージが付いていた。
だから余計に僕などではなく、時田に代わりに動いて欲しいのだが…僕は知っている、賢いやつは『世界を変える』などという愚かな術を取らないことを。
だから、時田に期待するのも無駄な気もするので、僕は時田に何も言わずに黙々と掃除を続けていた。
そうこうしていると外から気迫のある声がスピーカーを通して聞こえてきた。
『立て籠もっている諸君らに最終警告をする!!。本日14時に機動隊を突入させる!!繰り返す!!本日14時に機動隊を突入させる!!』
警察からの最終勧告を聞き届けた僕らは顔を見合わせた。
とうとう来たか…。
僕らは誰も何も言わずとも敗北を悟っていた。
「どうするんだ?櫻井」
時田が僕にそう尋ねて来た。
「決まってるよ、最後まで抵抗するよ」
僕は掃除を続けながら時田にそう返事をした後、続けてこう述べた。
「…でも、せっかく綺麗した校舎を汚したくはない」
僕は自分達で綺麗にした校舎を見渡しながらそう呟いた。
そして時は流れ、最終警告であった14時を迎えた頃…。
『突撃!!』
ひとりの合図を機に、機動隊が正面玄関に設置されたバリケードを壊し始めた。
僕らが数十人ががりで何時間もかけて作り上げた拙いバリケードは大人達の手によって瞬く間に破壊され、なすすべもなく砕け散った。
僕らを世間から切り離していたバリケードがようやく崩れ去り、機動隊が荒々しく突入しようとした時、僕は声を張り上げてそれを制止した。
「土足で校舎に上がるな!!」
僕がそう叫んだ後、僕らは三人並んで両手を上げて姿を現し、降伏の意思を示した。
だけど、魂までは屈服しない…その意思を示すために、僕は何十人もの武装した機動隊を前にこう声を張り上げた。
「土足で校舎に上がるな!!。それくらい…学校で習わなかったのか?」
僕の声を聞き届けてくれたのか、それとも僕らに対する彼らなりの敬意の現れなのか、仰々しく重武装したその格好に反して、彼らは靴を脱いで校舎に上がった後、僕らを確保した。
「14時2分…首謀者、確保しました」
こうして、6日にも及ぶ長きに渡る戦いは、突入してから2分で呆気なく幕を閉じた。
僕らは周りに群がる報道陣に見えないようにガードされながら、パトカーに乗せられ、そのまま連行された。
…終わったか。
役目を終えた僕は両側を機動隊に挟まれながら、ホッと息を吐き出した。
その様子を見て、隣にいた機動隊が僕にこんな言葉を吐き出した。
「君はことの重大さが分かっているのか!?。君の罪は威力業務妨害罪、住居侵入罪…下手すれば逮捕監禁罪にも抵触するんだぞ!?」
「多くの人にご迷惑をかけたことは本当に申し訳なく思っています。…ごめんなさい」
僕は信念を持ってやった行いではあるが、多くの人に迷惑をかけた自覚はあるので、心底謝罪の言葉を述べた。
「それから…校舎を土足で汚さないでくださって、ありがとうございます」
そして僕は機動隊に向かって謝辞の言葉と共に再び頭を下げた。
そんな僕を見て、頭ごなしに叱ることが出来なくなったのか、機動隊の人は呆れながらこんなことを言ってきた。
「まったく…我々に靴を脱がせた犯罪者は、君が初めてだよ」
その後、パトカーは市内にある警察署へとたどり着き、僕は取調室に連れて行かれた。
未成年とはいえど、一応は世間を騒がせた犯罪者なので、手には手錠がかけられていた。
うわぁ…僕手錠かけられてるよぉ…ドラマの犯人ってこんな気持ちなんだぁ…。
僕はあろうことか、今の状況を楽しんでいた。
現実離れした現状に何を思えばいいのかわからず浮き足立っていたのだ。
「犯罪者がなにニヤニヤしてんだ!?」
そんな僕に取調室に入ってきた強面の警察官が怒鳴りつけてきた。
「自分がなにをやったのか、これからどうなるのか分かってるんだろうな!?」
その人は、僕を睨みつけながらそう尋ねてきた。
「ごめんなさい…正直、よく分からないんです、自分が本当に悪い事をやったのか…」
「じゃあ教えてやるよ!お前の罪状は威力業務妨害罪!!それから住居侵入罪!!下手すれば逮捕監禁罪にも問われる!!」
「…刑罰とか、受けるんでしょうか?」
「けっ、残念ながら少年法で未成年はその程度じゃ捕まらねえ。少年院にも入るほどでもないだろうし、せいぜい保護観察が関の山だろうな」
僕は警察官の言葉にホッと胸を撫で下ろした。
だが、警察官はそんな僕にこんな言葉を突きつけた。
「それで安心するんじゃねえ!!。お前のやった行為にはな、業者への賠償金が発生するんだよ!!あれだけ大きな解体工事を何日も邪魔したんだ…下手すれば何百万じゃ済まねえぞ?」
僕はその警察の言葉に初めて胸を締め付けられた。
「おそらく、その賠償金の請求はお前の親御さんへ送られるだろう」
刑罰のことばかり気にして、賠償金のことが頭から抜けていた僕は、金額という形で改めて自分の罪の重さを思い知らされ、そのとばっちりが親に行ってしまうことに強い罪悪感を感じた。
「なんだ…金の話になった途端悪い事した顔しやがって…現金なやつだ」
警察はそう言うと、さらに容赦のない言葉を僕に突き付けた。
「被害はなにも金額だけじゃねえ。お前の姉が世間を騒がせてる例の妊婦だってことがニュースで大々的に報道されたんだよ。そしたらな、『犯罪者の子供を産むな』って声があっちこっちから殺到してな…お前の姉さんはいま、大変な目にあってる」
「そんな!!姉ちゃんは関係無い!!」
「犯罪を犯すっていうのは、なにも自分だけが罰せられるわけじゃねえ。…周りにも被害が及ぶんだよ、ガキが」
警察の言葉を聞いて、僕は家族に対して罪悪感でいっぱいになった。
ごめんなさい…ごめんなさい…こんなはずじゃ無かったのに…ごめんなさい…。
その後、警察の取り調べであれこれ聞かれた後、身元引き受け人として母と父に会えたのはこの5時間後のことだった。
僕は一週間ぶりに母と父の顔を見るなり、その場で泣き出してしまった。
「ごめんなさい…ごめんなさい…」
ただ謝ることしかできない僕を両親は黙って抱きしめてくれた。
どうやら僕は懲罰処分という比較的軽い罰則で釈放されたようだ。
てっきり、何日も留置所に捕まると思っていたが…。
「お金のことは心配するな」
父は帰りの車内で、僕にそう言ってくれた。
「そうよ、光輝は手間がかからない子だったから…そのくらい親に甘えなさい」
母も僕に変わらず優しい言葉をかけてくれた。
「ごめんなさい…ありがとう…」
僕は両親の存在に改めて感謝しつつも、この罪悪感を拭い去ることはできずにいた。
そのまましばらく車を走らせていると、僕は車が自分の家へと向かっていないことに気が付いた。
「…ねぇ、これからどこに行くの?」
「今はちょっと家には帰れなくてな…今日はホテルに泊まる」
僕の質問に、父はぎこちなくそう答えた。
「…ホテル?どうして?」
僕がそう口にした時、ふと警察官から告げられた言葉を思い出した。
【『犯罪者の子供を産むな』って声があっちこっちから殺到してな…お前の姉さんはいま、大変な目にあってる】
「もしかして…僕のせいで家に帰れなくなったの?」
僕の犯罪と、姉の妊娠が相まって世間を騒がせすぎたために家に帰れなくなったのだと僕は察した。
「…お前のせいってだけじゃ無い。ただ…ちょっとタイミングが悪かったんだ」
父は申し訳なさそうにそんな言葉を僕に告げた。
「…ごめんなさい」
僕はこんなにも家族に迷惑をかけた挙句…家に帰れなくもさせてしまったのか…。
ただ僕は自分のやったことの重大さに罪悪感でいっぱいになっていた。
やがて、僕らを乗せた車がホテルにたどり着き、僕はそのホテルの一室に通された。
「疲れただろう。今日はなにも考えずにゆっくり休め、光輝」
父はそう言って優しく僕を諭してくれた。
だけど…優しくされる度に、僕の罪悪感は募るばかりだった。
そんな罪悪感に耐えかねた僕はホテルの一室で母と父に向かって土下座をした。
「ご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした!!賠償金は今は無理かもしれませんが、一生かかっても必ず返します!!他にも世間を騒がせたせいで家にも帰れなくなって…ごめんなさい!!本当にごめんなさい!!もう二度とこんな事やりませんから、どうか許してください!!!」
僕は額を地面に擦り付けながら、涙ながらにただ謝り続けた。
そんな僕を見かねて、僕を突き放すかのように父はこんな言葉を突きつけた。
「たしかに、お前の行いは多くの人に迷惑をかけた。お前のせいで賠償金を払うことになるかもしれない、お前のせいで家にもしばらく帰れないかもしれない。お前の行った行為は、世間的には明らかな犯罪行為に他ならない」
…やっぱり…父さんたちも迷惑してるんだ。
身近な人にも迷惑をかけることくらい分かっていたはずなのに…僕はバカだ。
そんな風に自分の愚かな行いを悔いて、涙を流す僕の肩に父は優しく手を置いてこう言葉を続けた。
「だけど…どうしてだろうな、私は今、お前が誇らしくて仕方がないんだ。お前のしたことはたしかに犯罪行為だが、お前が信念を貫いてやり遂げたことだ。だから誰がなんと言おうと、お前は私の自慢の息子だと、叫びたくなるほどには、お前を誇りに思うよ、光輝」
「…父さん」
「だから、もう二度としないなんて言うな。確かに方法は悪かったかもしれないが、お前の信念を貫くためなら、時としてこういう方法も仕方ない。だからそれでももう二度としないなんて言うな。…家族なんだ、少しくらいの迷惑なんて…愛嬌の内だ」
「…ありがとう…ありがとう…父さん、母さん…」
僕は二人の胸に埋もれて何度も流した後、気がつけば眠りに落ちていた。
きっと、連日気が張っていたので疲れが溜まっていたのだろう。
僕は自分の犯した罪の重さも忘れて、ベッドの上で束の間の休息を取っていた。
こうして、僕が巻き起こした立て籠り事件は一旦は幕を閉じた。
だがしかし、僕はまだ自らの罪を償えてなどいない。
僕はこれからきっと、その罪の清算に追われることになるだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます