第41話

僕らが立て篭もりを始めて6時間ほど…日が沈んだ外の景色にはパトカーの不吉な赤い光がチラホラと見受けられ、朝になる頃には大量の報道関係者が集まり、外は人でごった返していた。


そして僕らが立て篭もりって1日が経とうとした頃…。


「すまん!櫻井。俺はこれから部活の練習があるんだ!」


僕にそう言ってきたのは野球部の坊主姿の久保田であった。


なんでも、これから部活の練習があるから帰りたいそうで…。


もちろん、僕もここに残ることを人に強いる気は無いので、帰してやりたいのだが…校舎の周りにはすでにマスコミや警察でごった返している。


もし久保田が捕まって野球の大会に出場停止にでもなると困るので、僕はまだ警備が薄くなっている隙に裏口から顔を隠してこっそりと外に出るように催促した。


幸いなことに鷲中は住宅街に建てられた学校で、周りの建物に紛れて立ち去れば逃げられることを僕は目算していた。


そう言うわけで、どうしても用事がある人達は校舎が続々と立ち去り、残っているのは50名ほどになった。


残った人達は相変わらず馬鹿騒ぎを続けていたが、昨日ほどの騒ぎには少し盛り上がりが欠けていた。


するとそこに、警察から僕らに向けて警告がスピーカー越しにされた。


「君達が行なっていることは、立派な犯罪行為だ!!。多くの人に迷惑をかける卑劣な行為だ!!。親御さんも心配しているぞ!!」


…まさか、警察からこんなセリフを聞くことになるとは…。


僕は『親御さんも心配しているぞ!!』などと言うドラマでしか聞いたことのないようなセリフに思わず関心してしまっていた。


実際、僕の身を案じて家族や愛里から連絡が何度も来ていた。


特に家族には迷惑をかけることになるだろう。だけど、僕の家族は今回の僕の行いを否定はしないでくれていた。


愛里も、最終的には僕に『頑張って』とエールを送ってくれた。


『絶対に最後まで立て籠もる』という僕の意志は固かった。しかし、周りにそれを強いるのは酷だ。


警察の勧告に目が覚めて、リアイアする人も少なくなかった。


立て篭もり2日目の終わりにはその人数は30人ほどまで減っていた。


ただの『お泊まり会』としてここに来た人達にトドメを刺したのは3日目のある出来事がきっかけだった。


ある時、突然窓ガラスが割れるような音がした後に、校庭に何か固いものが高いところから落ちたような轟音が響いたのだ。


僕が何事かと現場に駆けつけると、4階の教室の一角でヤンチャな集団が机を窓から放り投げて、その様を見てケタケタと笑っていたのだ。


「なにやってるんだよ!!」


僕は机を窓から放り投げる暴挙に思わず声を上げてそれを咎めた。


「なにって…外で俺らのことをディスってた奴らに向けて脅してやったんだよ」


僕が通っていた中学は公立ということもあり、良くも悪くもいろんな奴がいた。


その中にはもちろん、こういうことを平気でやらかす人達もいるわけで…。


校舎に立て籠もるなどという暴挙に出ておいてこんなことを言うのはなんだが、彼らのやり方は僕の主義に反する。


少なくとも僕は、必要以上に誰かを傷つけるような行為は取りたくない。


それともう一つ、これは以前、週刊文旬の記者である梶田の言葉だが『良い人だと思えば応援するし、悪い奴だと思えば反対する』という世間の意見を僕は思い出していた。


もし今回の件で怪我人でもでてしまえば…僕の主義や思想なんて関係なく、僕はおそらく悪者扱いされてしまうだろう。


別に僕はヒーローになりたいわけではないが、今回の目的のためにはそのような事態は避けたい。そのためにはそれを起こし得る危険分子は排除しなければならない。


そう考えた僕はこれ以上、事態が悪化する前に、彼らに告げた。


「帰ってくれ」


「…あ?」


彼らは僕の存外な扱いに脅しのようにドスの効いた声をあげた。


「そういう行為をされると僕も困る。だから帰ってくれ」


「なんで俺たちがお前の言うことを聞かなきゃいけないんだよ?」


「いいから帰ってくれ」


彼らの睨みつけるような視線に、内心はビビりつつも、僕ははっきりとそう述べた。


すると、グループのうちの一人がこんなことを僕に言ってきた。


「…っていうかさ、櫻井。お前は本当にこんなんでこの学校を守れるとでも思ってるわけ?。こんなことで世界を変えられるとでも思ってるわけ?。ヒーロー気取りでウケるわぁwww」


彼はそう言って、僕を嘲笑した。


周りの奴らもそれに同調して、僕を笑った。


そして一通り僕を嘲笑った後、こんなことを呟いた。


「ツマンネぇ、帰ろうぜ」


そして、彼らは周りの物に怒りの丈をぶつけながら、不満そうに帰っていった。


その様子を見ていた他の人も、僕について行けないと感じたのか、帰ろうかどうかと周りの人と相談していた。


そんな彼らに僕はこんなことを告げた。


「残念ながら、楽しいお泊まり会はここで終わり。ここから先はただのテロ行為、何かを賭ける覚悟のない奴は帰った方がいい」


初めから分かっていたはずの僕の警鐘に、己の行いの意味にようやく気がついた人達は続々と帰って行った。


そんな中、一人の同級生が僕に尋ねてきた。


「ちょっと聞きたいんだけど…櫻井はなんでこんな立て篭もりなんてしようとしたわけ?」


メガネをかけたいかにも秀才そうな彼は時田。中学の時は一番勉強が出来た奴で、いまはかなり偏差値の高い学校に通っている。


そんな時田の質問に僕は少し考えてから答えた。


「なんでって聞かれると…簡単には説明出来ないけど、簡単に言えば話題作りのため」


「ふーん…話題作りねぇ」


そう呟いて時田は少し考えるような仕草を見せた後、僕に告げた。


「なるほどね、こうやって犯罪行為で世間の注目を集めることが目的なわけだ。…でも、分かってるのか?それじゃあさっきの奴らとやってることは一緒だぞ?」


時田の言葉は僕の胸にグサッと刺さった。


きっと、さっきのグループがああいう行動に出たのは、注目を集める術をそれくらいしか知らないからだ。自分たちの不満や訴えを表現する術をそれしか知らなかったからだ。


そして、自分の不満や訴えを表現するためにこうして犯罪行為として人に迷惑をかけているのは僕も一緒。僕のやってることはあいつらと同レベル、ただのガキのわがまま。


凡人がなんの努力もなしに世間の注目を集めようとするなら、それくらいしか方法はない。


だけど…それでも…。


「それでも僕はやらなきゃいけない」


僕は時田の目を真っ直ぐに見つめながらはっきりとそう答えた。


「それはなぜだ?」


「残念ながら、未来は勝ち取るものだからだ」


きっと、世界中の人がみんな幸せになれるような選択肢はこの世に存在しない。だから、何かを訴えるためには時に不本意ながらこういう方法を取らざるを得ない。


「分かった。俺は残るよ、櫻井」


そんな時田に続いて、加藤や星野といった何人かの人たちは残ってくれた。


結局、残ってくれたのは僕と姫浦を含めて10人だけだった。


僕は残ってくれた人を集めて、話をした。


「まず、残ってくれたことに感謝します。…ありがとう。きっとここに残ってくれた人は、誰かに迷惑をかけることを覚悟した上で残ってくれたんだと思います。だけど、僕としては誰かに迷惑をかけることは本意ではありません。だから、少しでもできることをしましょう」


そう言って僕は、家から持ってきていた荷物から洗剤やワックスなどの掃除用品を取り出し、みんなにこう告げた。


「そういうわけで、この校舎を掃除しましょう。できるだけ綺麗に」


罪悪感を感じるくらいなら…誰かに許しを請うくらいなら…そうなることがわかっていたなら、初めからやめておけという人もいるかもしれない。


それでも、僕らはやる、やらねばならない。


それが、未来を『勝ち取る』というものだから。


こうして僕らは年明け早々、大掃除を始めたのだ。










その日の晩、夜も更け、世間も寝静まった頃、姫浦はひとり寝ないで掃除に励んでいた。


「そろそろ寝ないと…姫浦」


そんな姫浦に僕はひっそりと声をかけた。


「ううん、まだ眠くない」


しかし、姫浦は僕の言葉に聞く耳も持たず、ひたすらに掃除を続けていた。


そんな姫浦を見かねて、僕も一緒に掃除を始めた。


しばらく2人で黙った教室を掃除して、冬の透き通った静寂だけが響いた後、唐突に姫浦が僕に話しかけてきた。


「ねぇ、櫻井は鷲中を守りたいって本当に思ってる?」


「守りたいっちゃ守りたいよ。でも…本当は守れなくてもいいと思ってる」


「それは…どうして?」


「本当に僕らに必要なのは、学校じゃない。学校が必要になるような未来だ。今回僕がこんな暴挙に出たのは、それを世間に知ってほしかったから…」


「でも櫻井、きっと今のままじゃあそれは伝わらないよ。黙ってるだけじゃ伝わらない。態度で示しても伝わらない。君がちゃんと言葉にしなきゃ伝わらない」


「やっぱり…そうだよね」


僕はあわよくば、今回の立て篭もりがきっかけで、世間が考え方を改めてくれないかと考えていた。


でも、どうやらそれだけでは足りないようだ。


他の人にはどうして僕が立て篭もりしたのかが分からない。伝わらない。


大方、思い出を守りたいとか、そんな理由だと思われているだろう。


だから、僕は想いを言葉にする必要がある。


だけど、ここで世間に向けて声をあげたら、それはきっと大々的に全国に伝わることになる。


それは…流石に怖い。一人でそこに立つのは怖い。


結局のところ、僕は一人では何も出来ないんだ。


誰かの助けなしでは今回みたいに騒ぎを起こすことも出来ない。踏み出すことも出来ない。


だから…一人じゃ…決して歩けない…。


僕がそう考えていた時、彼女は手を差し伸べて、僕にこう言ってくれた。


「一人じゃ怖いなら、私も戦う」


僕の心中を察したかのように、彼女は僕にそう告げてくれた。


思えば、いつだって彼女はその手を差し伸べて、そして僕に告げてくれたんだ。


「あなたが必要なの、櫻井」


僕がずっと求めていた答えを…。










僕らが立て篭もりを始めて4日目、警察が本気を出す前に、世間の注目がピークに達したのを見計らって、僕は姫浦と共に、屋上に姿を現した。


下からでも僕らの姿を見えるように、屋上のフェンスを乗り越え、ギリギリの淵に堂々と立ち塞がり、少しでも目立つように二人で校旗を掲げつつ、眼下に広がる世界を見下ろした。


校庭では、ようやく姿を見せた僕らにマスコミが騒ぎ出し、カメラを向けた。


そんな世間の注目の中心に立ちつつ、僕らは一度目を合わせて、一人じゃないと頷いてから、僕は世界に語り始めた。


「まず、校舎の取り壊しを任された教育委員会と解体業者、およびその関係各位の皆様と警察の皆様、報道関係者の皆様、近所の皆様、そして僕らの身を案じてくださってくれている家族にご迷惑をおかけしていることに対する謝罪と謝辞の言葉を申し上げます。ごめんなさい、そして、僕らを見守っていただき、ありがとうございます」


そう言って、僕らは深く頭を下げた。


これはパフォーマンスなどではなく、僕の本心だ。


多くの人に迷惑をかけている自覚はある、そして心配してくれている人がいる。


僕のエゴに巻き込んだ人達へ、僕は最大限の敬意の念を抱いていた。


そして僕は頭をあげて、再び口を開いた。


「それを承知した上で、どうか僕らの声を聞いてください」


僕は一度深く深呼吸をした後、胸に秘めた想いを語り始めた。


「僕は自分の思い出を守りたくて、この学校を守ろうとしている訳ではありません。僕が守りたいのは学校ではありません…僕らが本当に欲しいのは、学校が必要になるような未来です。当たり前のように子供が生まれて、当たり前のように大きく育って、当たり前のように学校に通う…そんな未来が必要なんです。僕たちは今17歳の人類最後の世代、世間で言うところのラストチルドレンです。僕達がラストチルドレンである限り、僕達には未来を託せる次の世代が現れることがありません。誰かの記憶の中で生きることも出来ません。僕達が生きていたことを、やってきたことを、語り継いでくれる人はいません。僕らの歩いた後には、何も残りません。それでも僕達は生きていくことはできる。美味しいものを食べたり、友達と騒いだり、恋をすることもできる。人類の滅亡っていう臭いものに蓋をして、目を背けて、知らんぷりすれば束の間の幸せを享受することができる」


僕はそこまで語ると一呼吸置いた後、再び語り始めた。


「でも、本当にそんなことができますか?。いずれ来る終末を完全に知らんぷり出来ますか?人類の滅亡への不安を完全に拭い去ることは出来ますか?。少なくとも、僕にはそれが出来ない。たしかに僕らはそれでも生きることはできる。でも、いつだって心の奥底では僕らがラストチルドレンであることに蝕まれている。いずれ来る希望の持てない未来を恐れている。そんな世界で、僕らは夢を持つことができますか!?未来を心待ちにして生きていくことが出来ますか!?本当に幸せに生きていけますか!?」


僕は周りがぽかんとしている中、そんなことも構わず語り続けた。


「たしかに僕達は不幸なんかじゃない。だけど、今以上を求めることがおかしいだなんてことは絶対にないはず!!。明るい未来を望んでいない人なんて、どこにもいないはず!!。だから、僕は未来が欲しい!!希望のある未来が欲しい!!。だから僕らが望む未来で、きっと必要になる学校が、無駄なものだなんて思わないでください!!。もう使わない価値のない遺物だなんて考えないでください!!僕らには学校が必要な未来が必要なんです!!学校は…僕達の希望なんです!!!!」


そして僕は少しトーンを落として、淡々と語り始めた、


「きっと、残念ながら鷲宮第二中学は守りきれません。いつか警察の手によって、僕らは強制的に捕まるでしょう。だから、鷲宮第二中学はきっと守りきれません。だけど、まだ未来は守れるはずです。希望ある未来は守れるはずです。だから叫んでください、『未来が欲しい』って訴えてください、いつか世論が変わるまで、声を上げ続けてください…僕らの母校の犠牲を、無駄になんてしないでください」


そして僕は再び頭を下げて、世界に向けて最後にこう言い残した。


「ご静聴…ありがとうございました」


…この叫びは、世界を変えるに値しないものかもしれない。


それでも、誰かの心に響いてくれたなら…少しでも希望へと繋がるものならば…僕の叫びも、この校舎も、少しは報われるのになぁ。


こうして、立て篭もり4日目が粛々と過ぎていった。

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